第二話の7

 アキは思い至って、レッドカイザーに提案した。

『手のひらに力を集中させよう! それなら受け止められる!』

『それは賭けが過ぎるな、二つ同時に投げられたらどうする。エーテルの濃淡の再設定は時間がかかるんだぞ』

 岩石が放たれた。今度は二つ同時だ。アキは両手を突き出した。『南無三』とレッドカイザーの意識が口走る。手のひらにエーテルの集まった気配は、なかった。肩が外れるような衝撃が両腕に走る。これが純粋に下位世界の力で構成されたものなら、今のエーテル出力で粉々にできたかもしれない。レッドカイザーの言う通り、岩球は怪獣の力で強化されていた。体は再び大きく下がり出すが、今度は球体二つ分の加速力がある。止まるのに必要な距離はさらに長く、レッドカイザーの足は町だったものを砕いて地面を剥きだしにしては赤熱させた。

 アキは日和って、痛みを和らげようとしてしまった。バランスを崩し、弾岩の一つが右手からすり抜けた。腕の側面を削るようにしながら、レッドカイザーの背後へと抜ける。

『しまっ』

 残った一つもまた取りこぼしてしまう。左手で抑えていた分はレッドカイザーの体の外側を抜けず、内側に転がるように抜けて、顔面を強く撃った。下脚を半分まで地中に埋めてしまっていたレッドカイザーは立ち直すことができず、膝を折るようにして仰向けに倒れた。

 玉の一つは森林地帯へ落ちて、もう一つはまた、遠くの町へ落ちた。

 怪獣はまた、次弾を装填している。その場から全く動かない怪獣の左右には、何度も岩石の生成に使われて深い空洞ができている。

 体を起こしながら、アキは学校の方を見た。

『くそっ』

 じんじんと手と顔が痛む。アキにあの岩をもう一度止められる気はしなかった。真っ当に受け止められる胆力はもうない。下手に受けてまた失敗し、弾道の逸れた先が学校だったらと思うと、アキにはもう岩を避けるほかの選択肢がないように感じた。

『アキ』

『え?』

『いい手を思いついた。少し、町が寂しくなるかもしれないが』

 アキはレッドカイザーの提案を受け入れることにした。

 次弾が撃たれるより先に動く。怪獣の右手側、山のある方に向かって走る――レッドカイザーの走行は軽く、半重力下で跳んでいるように見える。激しく上下に動くレッドカイザーに照準を合わせようと、怪獣が岩を向ける。

『今だ!』

 レッドカイザーの声で、アキは一倍強く地面を蹴った。足跡一つ付けずに、赤い巨躯は不自然な挙動で浮かび上がるように飛んだ。怪獣の岩が一つ放たれる。偏差撃ちされた砲撃は、直撃コースで飛翔する。

『うぅっ!』

『大丈夫だ!』

 レッドカイザーは急速に減速し、巨岩と紙一重ですれ違いながら降下を開始した。

 落下地点には怪獣がいる。空いた手に再び岩を生成しているが、これは間に合わない。残った岩でレッドカイザーを確実に吹き飛ばすため、レッドカイザーが落下してくるのを待っていた。この作戦の懸念はこの降下中の隙だったが、空中で軌道を変化させる術を見せるのが効いた。

 重量と体積を無視した速度で、レッドカイザーは狙った地点にまっすぐ落ちていく。

 そして着地の直後、怪獣はレッドカイザーの胸元めがけて岩を発射し……それは、空を切った。レッドカイザーがいるはずの場所には山があり、岩は峰を貫通しながら人里から遠くに向かって離れていく。山を越え谷を越え、失速し、緑の中に砕ける。

『今だ!』

 レッドカイザーの叫びが聞こえたはずはなかった。しかし、怪獣は気付いたように見下ろした。自分が巨岩を作るために穿けた穴、そこにレッドカイザーの巨躯が屈んで収まっている。アキは立ち上がる勢いで怪獣にとびかかった。

 レッドカイザーは怪獣の両腕を掴んで握りつぶすと、まっすぐ引いた右手を大きく広げたまま、怪獣の胸部に叩きつける。開かれた五指は、薄い粘土を突き破るように易々と怪獣の胸を貫いた。

 レッドカイザーは素早く手を引き抜き、距離を取る。

 怪獣はわずかに身じろきしたものの、再生は始まらなかった。作りかけの岩が落ちて割れる。体が崩れ始め、灰と青に染まっていたものは泥の色へと変わっていった。

『終わったか』

『うん』

 巨岩に穿たれて崩れかかっている山の向こうから、爆音が響いた。地面が揺れ、山麓の家々の窓が割れて、山はついに崩れる。怪獣が先に撃った一発が、はるか上空より落ちてきた衝撃だった。長い歴史の中で町を見下ろしていた山は、緑に覆われた美しい裾野を失って、血液のように土砂が流れる。

 戦いには勝った。ただ、死者は出てしまっただろうし、怪獣を倒すためとはいえ町の守り神ともいえるものを破壊してしまった。

 怪獣の力は、エーテルの力はアキが思っているよりも強大だ。この先現れるであろう怪獣に、アキは……。

『……いや』

 負けるなどということは、あってはならない。自分がやらなければ、他に誰がやるのか。

 大切な人と、その人が大切にしようとしているもの。アキはそれを守るためならば、どんな苦難にも立ち向かって見せると誓った。

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