第二話の4
自分の世帯スペースがある教室に入って、仕切りの中を覗いた。
目当てのレッドカイザーが、ない。
「はぁ?」
おもわず声を漏らして、アキは荷物の中をよく探してみる。ない、どこにも見当たらない。三十センチ近い大きさのずんぐりとしたおもちゃがこんなにも忽然と消えていることに、アキは困惑する。両親に聞くしかない。教室から出ようとしたとき、入って来る人にぶつかりかけた。見上げると、愛すべき家族の顔がアキを見つめていた。
「よかった、戻ってたか。なんだかみんなそわそわしだして」
「ねえ!」
アキは父の言葉を遮った。
「レッドカイザー見てない?」
「スペースにないの? 私たちが外に出るときはあったけど」
アキはサッと血の気が引いた。レッドカイザーは盗まれたのだ。
あの地震は怪獣が来る兆候だ。両親はあの日町にいなかったから知らない。いや、地震が起こったからと言って怪獣が来るとは限らないが、怪獣が来るのならレッドカイザーも起きるはずだった。そう約束していたからだ。起きていなければそれで安心できるが、手元にいなければ確認のしようがない。
アキの中に焦りが生まれた。今回は両親がいる。この学校のどこかには、ユイもいる。守りたい人がいるのに、守る力がない。レッドカイザーは意地でも探し出さなければならない。
「レッドカイザーを探さないと」
アキが仕切りの間から他人の生活空間を覗き込むと、急いで父が止めに入った。母が中で話し合っていた老夫婦に謝る。
「やめなさいアキ!」
「でも!」
「おもちゃはあとで一緒に探してやるから」
「人に迷惑をかけないの」
両親には今のアキにとって、レッドカイザーが何よりも優先すべきものだと理解できることはなかった。説明しようにも、アキは二人を説得できる気がしない。積もる焦りの中で、アキは自分が二人にどう見られているのかを思い出し、それを利用する手を考えた。
「ごめんなさい。レッドカイザーがないとなんだか落ち着かなくって。ちょっと、友達のとこに行ってくるよ」
両親は心配そうに顔を見合わせるが、アキのしたいようにさせてくれることになった。アキは急ぎ過ぎないように気を付けながら、両親の目から離れたところで別の教室へ入った。仕切りの中をちらりと覗いていって、レッドカイザーがないか探す。アキは自分が子供であることを免罪符に、タオルでカーテンを作って完全に視界を遮るようにしているところも、少しだけめくって確認した。何人かから舌打ちされたが、アキは逆に舌打ちしたい気分だった。
レッドカイザーはどこにもなかった。自分の家のスペースがある教室と、その近くにある教室がアキにとって一番怪しく感じていたが、両親の目があると考えると戻り辛い。友達のところへ行くと言った手前なおさらだ。
強いストレスを感じ始める。校内には怪獣の再来に怯える空気が充満している。強がりが度を過ぎて、あるいは恐慌しているのか、子供や適当な職員に怒鳴っている人がいる。なんて無力なんだろうと、アキは感じずにいられなかった。
自分だけが状況打開のカギを握っていて、目的のために動けている。
だが、見つからない、どこにもない。六つの教室を探してみて、アキは階段を上る。なんて邪悪な奴だろうと、アキは怒りを覚えていた。こんな時に、盗みを、それもレッドカイザーを!
今怪獣が現れたらどうする。人々が四方に逃げ出したら、いよいよレッドカイザーを見つけるのは不可能になるだろう。いや、そもそも怪獣は本当に来るのか? 地震は天然の産物で、怪獣が来るのと関係などないのではないか。こんなにも焦って早々に探し出そうなんて考えるのは、却って見落としを生んで事態をさらに複雑にしてしまうのではないか。
アキが階段を昇りきったところで、人と目が合った。
ユイだった。縄跳びはもう持っていない。一人でどこかへ行こうとしている最中のようだったが、階段を昇ってきたアキを静かに見るその目はあらかじめ彼が来るのが分かっていたようで、少しの驚きも湛えていない。
「どうしたの」
ユイはそう聞いてきたものの、アキには、彼女は既に全て知っているんじゃないかと思えた。それでも説明をしようとして、アキは何を言ってよくて何を言ってよいかの線引きが分からず、ありのままを言った。
「レッドカイザーがいなくなったんだ」
それから、ユイにはレッドカイザーが何なのかをまず説明する必要があると気付いた。赤い塗装のおもちゃで、三十センチくらいで、額に傷があって……。そう言おうとした時だった。
「ついてきて」
ユイはそれだけ言うと階段を昇り始めた。アキは何も言えず、言われたとおりにする。
「私ね」ユイはアキが付いてきているか、振り返りもせずに言った。アキは何か、超常的なものを相手にしているような気になっていた。「初めて行った町でも迷わないの。地図も見ないで目的地まで行けるし、失くし物も、誰のものでもすぐに見つけられるんだ。不思議でしょ」
ユイはまっすぐ目当ての教室へと歩いて入っていき、一つの世帯スペースの仕切りの前に立った。隙間からアキが中を覗くと、一年生か、幼稚園生くらいの小さな子供が一人で遊んでいる。
レッドカイザーだ。子供が持っているのは間違いなくレッドカイザーだった。大きさ、形、赤い塗装。それが本当にアキのものかを確認する方法は簡単だった。
アキが仕切りをどけると、子供は驚いて顔を上げる。アキとユイ、二人の面識のない顔に戸惑い、恐怖すらにじませるが、アキに関心があるのはレッドカイザーだけだ。
おもちゃの額の傷を見て、それが自分の相棒だと確信する。自分の額にあるのとまったく同じ形をしている。見つけ出せたことに安堵して、力が抜けた。もはや怒りなど忘れつつあったが、この子供には盗みを働いたことについて軽く説教をしなければならないだろうとは思った。そうしたら、レッドカイザーが起きてるかどうかを確認する。
アキはユイに振り返って礼を言おうとした。
ユイの背後から物凄い形相の上級生が歩み寄って、二人を跳ね飛ばすようにどかすと子供の前に立ちふさがった。体は二人よりもずっと大きく見え、春なのに肌は焼け、ずいぶんと喧嘩っ早そうに見える。
「なんだよお前ら」
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