エピローグ

僕はきっと、僕が思っている以上に大した人間じゃない。なにか特別なものを持っている訳でもないし、それを笑い飛ばせるほど面白い思想も持っていない。何より、大した人間を望んでしまう程には、僕は大した人間じゃない。

だからきっと、この先何度も彼女の手を取らなかったことを後悔するんだと思う。


「明るくなってきたね」

彼女の視線の先に広がる空が段々と白んでいく。日が昇る。朝が来る。きっと誰もが肯定的に捉えるであろう言葉たちが、サイドミラーに反射して僕の熱を奪っていく。


この車を降りたらまたつまらない日常が始まる。髪をワックスで固めてネクタイで首を絞める。濁りきった重い空気をマスク越しに吸い込む。尖った革靴の先はホームドアを睨んでいる。

だけど、その左の踵は今日もすり減っていくのだ。生きる希望も死ぬ覚悟も見つからないままのうのうと彷徨う僕に、それは誇らしげに鈍い音を立てる。まるで僕を踏切まで導いたあの夜のように。


僕は、結局僕でしかあれない。どこまで逃げてもどうせ僕は等身大でしか居られない。

きっと彼女の好奇心も、どこにもたどり着きはしない。"どこか"だって行ってしまえば"ここ"になってしまう。


現在地のピンはいつだって僕らの上で立っているのだ。


世界が夜を越えても、朝日は僕らを照らせやしない。

アクセルを踏み込んでも、僕らは朝日を浴びることはできない。


ああ、ならせいぜい足掻いてやろうじゃないか。


「次はどこ行こうか」

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世界が夜を越えても 靴下 @ku_tsu_shi_ta

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