線香花火と彼女の手

「冷たっ!」

押し寄せてくる波に躊躇ちゅうちょなく突っ込む彼女を立ったまま眺める。つま先の先まで広がる海を見ても靴すら脱ごうとしない僕がいかにつまらない人間かが分かるだろう。

「あ!そういえば」

そう叫んだかと思えば裸足のまま車の方へ一直線に駆け出す。盛大に砂を蹴りあげて走る姿が無邪気な子供のようで笑ってしまう。


こんな不安定な足元で良くあんな走れるなと感心していると、さっきコンビニで買ってきた袋をもって帰ってくる。

「じゃーん!」

袋から勢いよく取り出したのは線香花火と青色のチャッカマンだった。

「レジの横に売ってたからつい買っちゃった」

「まだ春なのに珍しいね」

不器用に線香花火の袋を開ける。手持ち花火なんて多分中学生以来だ。


十本くらいしか入っていなかったから二人で五回。チャッカマンをカチカチと鳴らして火をつける。ピンク色のヒラヒラを持つことは最近知った。

パチパチと懸命に火花を飛ばして、落ちる。こんなに微かな光でも彼女の顔を照らすには十分だった。だけど、彼女の表情から感情を読み取ることは出来なかった。

またひとつ、またひとつ、丸くて小さな光たちが夜の闇に消えていく。線香花火と言うけれど、燃え尽きたそれはただ湿った火薬の匂いが鼻の奥をツンと刺すだけだった。

「線香花火を作った人はなんて残酷な人なんだろうね」

最後の一本に火をつけながら彼女はそんなことを言う。

「なんで?」

「だって最初からすぐ消えるように作られてるんだよ」

「線香花火が永遠に火花を散らしていたら情緒も何も無いよ」

「刹那の幸せをたのしめるのはほんとに幸せな人だけだよ」

「君は愉しくない?」

彼女の手元で揺れていた灯が、潮騒の中に溶ける。

「分からない。けど、虚しい」

燃え殻をビニール袋に入れて立ち上がる。すると彼女は背後に広がる海に静かに入っていく。ワンピースの裾の色が変わっていく。夜の闇が彼女を飲み込んでいく。

振り返った彼女がそっと手を差し出してくる。


「ね、一緒に死のっか」

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