マスクとコンビニ

────「何考えてたの?」

しばらく走って郊外に出るといきなり景色が彩度を失う。この辺りは飲み屋街だったはずだが今は赤提灯一つ見つからなかった。

「ちょっと前のことを思い出してただけだよ」

「ふーん」

不思議そうな顔をして相槌を打つ。

「ね、窓開けてもいい?」

「どうぞ」

そう言うと彼女はカラカラとレギュレーターハンドルを回した。開いた窓から吹いた生ぬるい風は彼女の綺麗に切りそろえられた髪を撫でる。なびいた髪の隙間から少し赤くなったマスクの痕が見えた。


世界が変わってわかったことがいくつかある。例えば、世界が変わったとしても、僕らが変わるとは限らないということ。

こんな世界になっても相変わらず彼女の好奇心は遠くを見ていて、相変わらず僕のトリセツは薄いままだし、机上の空論を並べる癖も抜けないままだった。


「ちょっとコンビニよるけどなんか飲む?」

真っ暗な車窓にぽつんと光るそれを見ながら彼女は言う。

「キリンレモンでお願いします」

「はいよ」

鞄から茶色い長財布を取り出して、パタンと扉を閉めた。コンビニに向かいながら思い出したようにポケットからマスクを取り出す彼女の背中を、ただぼんやりと見ていた。

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