鯨の骨と小石
それから彼女は時々あの夜道に現れるようになった。とは言っても何かがある訳でもなく、ただ街灯の下を歩きながら他愛のない話をした。どのバンドが好きだの、あの映画のあのシーンがいいだの、この間エアコンの修理をしただの、朝割った卵が双子だっただの、二人とも口数が多い方ではなかったが話は尽きなかった。
「ねぇ、『骨鯨』っていう伝説知ってる?」
時折こんな突拍子のない話題をふってくる。
「何それ」
「化鯨とも言うんだけどね。昔、ある港の水底に突然骨の鯨が現れたんだって。それ以来その港では全く魚が捕れなくなって、完全に魚がいなくなっちゃったの。でもある日その鯨が突然いなくなって、そしたらまた魚が捕れるようになったんだって」
「へぇ」
「でもね、実際は沈んだ鯨の骨って小魚の住処になってて、鯨の骨が沈む場所は生態系が豊からしいの」
「皮肉だね」
「ね〜」
「…ん?」
「え?」
「それで?」
「え…いい話したつもりだったんだけど」
「あ、なんかごめん」
少し機嫌を損ねて小石を蹴り飛ばす。不本意にも蹴り飛ばされた小石はカラカラと音を立てて随分背丈の伸びた草むらに消えていった。
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