第7話:時に

 しばらく経って、ハーツが教員室の扉を開けた。

 その後ろにはどちらかに——おそらくスペードに小さくされたシェルがスペードに抱っこされている。

「……悪い、遅くなった」

「留守を任せてしまって申し訳ありません」

「大丈夫だよ」

 部屋に入るなり、スペードはぽっと頬を染めてハーツの手を掴んだ。

「式はいつ挙げようかのう……」

「話を吹っ飛ばすのは待ってくれ。アリアのサイズも戻そう」

 上手くいったようで何より。

 三人で現れた光景がはまっていて、恋人を通り越して家族のようだった。

 シェルは冷静にスペードの腕から降り、シュリの元へ転移する。

「! ……アリア……」

「&#==$」

 水銀へと変じ、母に甘えまくるシェル。どうやら水銀になれない症状は(たぶん)ハーツによって解決されたらしい。……仲を進展させてくれたお礼かな。

 ハーツに熱烈なキスをしたスペードは、真っ赤になってダウンしたハーツを放ってこちらにやってくる。

「シュリ、我が巫女」

「はい」

「アリアを撫でながら聞け」

「はっ、はい」

 立ちあがろうとするシュリを優しく制し、彼女は僕を指さした。

 ………………。え?

「ひぞれを助けてやらねばならぬ。手伝っておくれ」

「わかりました」

「!?」

 いきなり飛んできて困惑の限りだ。

「二人とも、なんだ。どうしたんだ……!?」

「ひーちゃん、病院に行きましょう」

「え」

 彼女の軽自動車の中へと視界が移り変わる。

 運転席にはシュリ、助手席にはスペード、後部座席には僕とシアだ。

「シュリ? どうしたんだ?」

 問いかけてもシュリはいつのまにか取り出したタブレットから顔を上げない。メールを送信した気配を感じる。

「……これでよし」

 背を伸ばして僕を振り向いた。

「ミズリくんに連絡しておきましたよ」

「う、うん。ありがとう……?」

「ええ。……お父様もいらっしゃるのですから安心ですよ、可愛い子」

「…………」

 お腹の子にまで語りかけてくれるその心にキュンとしたが、展開が唐突で目が白黒してしまう。

 シュリは頭の回転が速い。

 最速の最善手を打つという点においてはユニと同等だ。

(今回もそれなのだろう。……と思うしかない)

 何度か見かけてはいたものの、自分が当事者になったのは初めてだ。少しのドキドキ。

 シュリは運転席から降りて、僕とシアにシートベルトを装着させてくれる。準備がいいというか恐ろしいほどに読み切っているらしく、二人ともマタニティ用。

 なお、シェルはシュリのお腹周りにくっついていたところから、シアのお腹の方へと移った。

「発進しますね」

 彼女らしい滑らかな安全運転。

 到着までの間、特に状況説明はなかった。

 病院について受付をして。シアが産婦人科、僕は異種族対応科。シェルは知人の見舞いに行くと言って途中で別れた。

 医師の登場を待つ間、待合でスペードとシュリにお腹を撫でてもらっていた。

「愛いぞ、小さき子。母のお腹でご機嫌ではないか」

「ええ。ひーちゃんのこと大好きなんですね」

「そっ、そうなのか? 嬉しいな……」

「もちろんです」

「ありがとう」

 スペードはご機嫌なご様子でお腹の子に語りかける。

「愛し子よ、可愛いから加護をあげような」

「病院で桁違いの魔力ぶちかますのやめてもらえませんかね?」

「スペード様に何言っても無駄だよぉ」

 ヒウナとパール。

 予想とは異なる人物の登場に、僕は一つの可能性を思いついた。

「僕の義足あしのことかな?」

「正解。……パール、バジルちゃん抑えてて」

「うん」

 マフラーを巻いていると思ったら、バジル用の寝袋だったらしい。空洞からにょろんと鎌首をもたげたところをパールが捕まえる。

「おばさま。見境なく飛びついたりしないわ」

「だめ。そろそろ京ちゃんエキスが切れる頃でしょ」

「……どうしてわかるの?」

「え、教えてほしいの!? いいよ☆」

「やっぱり教えないで」

 従姉妹の関係の二人は良い関係を築けているようだ。

「目の前でこれ見てその感想ってやばくね?」

「ヒウナが未来視に一切躊躇しない方がやばいと思うよ」

 適度に挨拶しあったところで周りを見ると、スペードが消えていた。おそらくハーツのところへ向かったのだろう。

「あ、あの……ヒウナくんっ。いきなり連絡してごめんなさい……」

「あぁ、全然。ていうか、オレの仕事なんですから気にせんでくださいよ」

「ありがとう。……パールちゃんもありがとう。バジルちゃんを連れてきてくださったのですね」

「自分の心の汚さを懺悔したい」

「ええ!? ど、どうしたんですか……!」

 シュリを見ていると確かにそう感じる。

 彼女は清廉としか言いようがないから見ていると眩しく思うし、自分を振り返ってしまうこともある。

 そこを含めてステキな友人なのだが。

「ううん、なんでもない。こちらバジルだよ」

「はじめましてなの」

「はい。お目にかかり光栄です」

 バジルがウネウネ動くためマフラーが揺れている。

「ふふふ、可愛らしい姪っ子さん」

「! そう。そうなの。バジルは私のお母さんの姪だから、私の姪!」

 それは従姉妹という。

 しかし、パールにはなんらかの信念があるようだ。

「大好きだよ、バジル」

「……、寝る……」

「えへへ。おやすみ」

 話している間に、あれこれ準備をしてくれていたヒウナが僕に手を振る。

「ほら、座って座って」

「ありがとう」

 柔らかそうな椅子だ。



 僕の膝周りに触れ、軽く動かしながら、目を閉じた僕へとヒウナは問う。

「感覚どんなかんじ?」

「……動いている、と感じる」

「んー……じゃあこうなると?」

 う、わからなくなった。

 どこに手を添えているのかさえわからない。温感センサーの調子がいまひとつ——な訳がない。ヒウナが体温を消したのだ。

「ひ、ヒウナ……? あんまり触覚には頼れないよ」

「目を開けようとしないのが好ましいね。開けていい」

「うう……」

 視界が戻ると、両足にマフラーが巻き付いていた。

「……………………」

 空洞から出てきたバジルは僕の足を伝ってお腹の近くまでやってくる。

「可愛い赤ちゃん、こんにちは」

「……」

 何故だか泣きたくなった。

「足のトラウマとか、義足の性能とか。それはひーちゃんが確固たる自分の意思で乗り越えなきゃいけないわけじゃないの」

 むしろ真正面から当たったらだめだよ、とパール。

「ひーちゃんは当たり前のように普通に生活して、気になったことがあったら相談するの。そうしてね」

「……でも……」

「その方がいいわ」

「…………了解した」

 パールがそういうのなら。

 彼女の夫の方を見やると、彼は首にバジルを巻き付けながら書類をまとめ終えたところだった。

「他の科とも連携とりやすいように、所感と検査結果まとめたよ」

「ありがとう。助かるよ」

「ま、ひーちゃんは赤ちゃんのことに専念しておくれ」

「うん……!」

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