2.decode
第6話:
「ハーツ。スペードと結婚してください」
「まだ付き合ってもないんだ」
「なんでですか? 意味がわかりません」
「落ち着け」
「何度も言いますが、大好きなスペードと大好きなハーツが結婚したら幸せだからに決まっ——死にます」
「死ぬな」
今日もシェルが大変そうだ。
ハーツに聞けば、噂を聞きつけた神がやってきてはシェルを愛でていくのだという。
大学に居ればマシだからと土曜である本日も教員室に引きこもっているそうな。
「明日の昼には解除できる、明日の昼には解除できる……」
24時間粘るつもりとは恐れ入る。
実際に結界を無視できるのは、彼に数学を教えたハーツと、魔術を教えたスペード。
そして、彼と存在が同一と見做されるが故に結界が意味をなさないシアだ。
「アリア、だいじょうぶ?」
「はい。姉様がいてくださって嬉——」
「死なないで」
シェルはすぐにセルフで首を刎ねようとする。こういう刑罰、中国の文献で読んだな。
シアに抱きしめられて満更でもなく、しかしすぐさま虚脱して首に手を持っていく。彼にとってどんな気持ちなんだろう。恥?
「なんか持ちネタみたいになってきたな」
「うるさい! ハーツのことなんか尊敬してい死にます」
「だから死ぬなって」
「アリア、お姉ちゃん怒るよ!」
「姉様に怒られるの新鮮ああああああああ」
発狂した。
しかし、水銀にはなれないままシアの腕に収まる。
「……私のこときらい?」
「大好きで、……」
「死んじゃやだ……」
「…………」
「どうして好きって言ったら死んじゃうの?」
「……俺のようなものに、好きと言われても、神々からしてみれば壊れたパソコンがハートマークに似たものでも表示させて、それを見かけてしまったくらいの……」
「私は嬉しい。お前に好きと言われると胸が温かいよ」
「……」
「可愛い弟」
半分眠ったようなシアは、眠たいながらも弟への愛情を精いっぱい伝える可愛い人だ。
愛を浴びたシェルはじっと黙り込んで虚脱していた。
次第にシアのお腹を撫で始める。
「! ……生まれたら可愛がってね」
「無論です」
二人の長年の確執を知る身として、その光景はあまりに美しかった。思わず流れた涙を拭う。
「邪魔するぞ!」
豪華絢爛に現れたのは魔術の女王:スペードだ。
触れ合う双子を見てうんうんと頷く。
「愛いぞ、シュリの子ら。ほれ、シュリも入らぬか」
「アリア……ミァザ……」
母を見たシェルが発狂を始めたが、シアに愛という名の魔力を流されて停止する。
シュリは駆け寄って二人の元へ飛び込んだ。
……僕も感涙してしまうな。
「ふふん、アリアすらもデフラグに翻弄されるとは愉快じゃのう。侮ってはならぬということか」
近づいたスペードに、シェルはこう告げる。
「スペード。大好きです」
「うむ! 妾もじゃぞ、小さき鬼よ」
「母様のことも、ありがとうございます……」
「良い良い。シュリは我が巫女。その子らともなれば孫も同然ぞ」
「……んぅ」
撫でられて目を細め、そしてスペードの髪を整えるハーツを振り向く。
「ところで羨ましいですか?」
「…………。お前ってほんといい性格してる」
「おお、ハーツよ。妾の撫で撫でが羨ましいのならば言え!」
すぐさまハーツを振り向き、身を屈めるよう伝える。
「お、おう……」
それですぐに膝をつくあたり、ハーツも慣れたものだ。わしゃわしゃと撫でられてだんだん顔が赤くなっていく。
「「「…………」」」
鬼の親子三人がそっくりな表情でじっと眺めるものだから和む。
撫でる部位は髪から頬へ、首へと移っていく。
「っ……す、スペード。くすぐったいし、そんなに撫でなくても……俺は、別に」
「何を生意気な。女王が直々に臣下を労っておるのじゃから受け入れよ」
「う……」
「ふふ。手からハーツの匂いがしよるわ」
「!! ……」
「安堵せよ。お主らしい良い匂いじゃ」
耳まで真っ赤だ。
ちなみに二人をよく知るシェル曰く、二人は実体を持つ際には一緒にお風呂に入るし(主にスペードの世話のために)、一緒の布団に寝るらしい(スペードの魔力の調整のために)。
……なんで結婚していないんだ。
「さっさと結婚すればいいのに」
まるで代弁されたかのようなタイミング。
本人としてはごく小さな音量であったのだろうが、高度な魔術詠唱をもこなす彼の声は、部屋にいる者たちの鼓膜を震わせるに十分だった。
「……」
言い放って真っ青になるシェルと対照に、スペードは見たこともないほどに赤面。すぐさま駆け出した。
「す、スペード!? お待ちください!」
シェルが焦って立ち上がり、ハーツがフリーズしているのを見て指示を飛ばす。
「すみません、ひぞれ。ハーツを見ていてください」
「う、うむ。任された!」
「母様と姉様は留守を頼みます」
「わかりました」
「うん」
シェルが姿を消した。彼ならばスペードを見つけ出すことだろう。
残された面々で意見交換をする。
まずは昔からスペードとハーツのことを知るシュリから。
「スペードさまのお相手ははーくんしか居ないと昔から思っておりました。息子のセリフが契機となるのやもしれません……」
彼女は幸せそうに手を合わせて微笑む。……物腰穏やかに見えても、戦闘能力がなくとも、シェルが自身を指して《鬼畜》と呼ぶような性質は母である彼女も持っているのだ。頭が良すぎて効率的な最短手を求めてしまう。
「はーくん、元気を出してください。スペードさまの反応は脈あり、です」
「……ほんとに脈ありか……逃げられたぞ……?」
「脈がなければ『無礼者』と一喝なさるのがスペードさまです。数々の求婚を眉ひとつ動かさず跳ね除け続けたあの方が、あんなふうにお可愛らしい反応をなさるのですから。脈しかないのです」
「…………。シュリが言うなら、ほんとなんだな」
ハーツは赤い顔で髪をかきあげる。
「アリアに言わせた……」
「弟が言ったのは、あくまで願望です。それを受け取ってどうなさるかはあなたたちに委ねられているのではないかと具申いたします」
「……ありがとう」
シアはほわあと笑ってシュリに抱きついた。
愛くるしさに和んでいると、ハーツが僕の肩をぽんと叩く。
「ひぞれ」
「うん」
「スペードとアリアを探しに行く。シュリとミァザのこと頼むよ」
「了解。頑張ってね」
「ありがとう」
目覚めたシアが僕のお腹を撫でてくれる。
「ひーちゃんの子は、優しい子……ふふ……」
「シアの子もきっと優しい子だよ」
「んぅー……」
つわりのせいでどうしても眠たくなってしまうシア。実は彼女の衣服の内側に木の姿の旦那さんがいて、シアが体を打ってしまわないように支えている。
「ひーちゃんは、どうして大学にいるの?」
「少し用事があったんだ。シェルが立て篭っていると聞くから訪ねてみたら、キミたちがいた」
そこからは流れだ。
「……おっと」
クッションを転移させ、シアを受け止める。
すうすうと寝息をたてる姿にシュリが愛おしげな眼差しを注いでいた。
「ひーちゃん、娘と仲良くしてくださってありがとうございます」
「こちらこそシアにはお世話になっているよ」
「嬉しい」
シアとシェルの容姿は旦那さん似なのだろうが、二人のふとした口調や物腰はシュリによく似ている。
「……足は大丈夫?」
「?」
「フユちゃん……リフユから、あなたの足のことを聞いたのです。心配で」
「ははは、大丈夫。おじいちゃんに調整してもらったから」
記憶を記録にしてもらった結果は抜群。
悪夢で跳ね起きることも、足への忌避感で錯乱することもなくなった。
「そう? ……無理をなさらないでね」
「うん。ありがとう」
それからはシュリにお腹を撫でてもらって、幸福な時間を過ごした。
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