第4話:溺れる

 水槽から出てすぐ水銀形態を解除し、光太とシヅリとリフユ様を送り出し、残った神々をなんとかもてなし、無事終えた。

「お疲れ」

「ありがとうございます」

 ハーツがミニボトルのワインをくれた。

「アネモネたちどうだって?」

「母様のところに一泊することになったそうです」

「そか」

 ハノンとマーチにも母の元で合流するように伝えた。

「あなたが手伝ってくれて助かりました」

「かまわない。こっちこそ、今日は助かった。ハノンにはあらためてお礼するよ」

「……娘が楽しそうでした」

 ハーツに服を見立てる日がくるなんて、と大喜びだった。

「ん……まあ、俺も、こんな日が来るとは思わなかった」

「早くスペードと結婚してください」

「まだ付き合ってもないよ」

 付き合え。

 そう思いつつ、もらったワインを二つのグラスに注ぐ。

「飲みますか?」

「いただく」

 二人で一杯ずつの量だ。

「お前、リフユとの約束どうするんだ?」

「適度にこなします」

「……そうか」

「お知り合いだったんですね」

「一応な」

 ハーツとさしで飲むのは初。そばにあった煎餅をツマミに話すのは案外と楽しい。

 最近出た論文について話していると、姉が帰宅する気配がした。

「…………」

「座ってろ。応対してくる」

「いえ、あなた様にさせるわけには、」

 家長として、弟として。

「そんな顔したままじゃ行かせられない。大人しくしてろ」

「……」

 しばらく待って、ハーツは姉を連れて来てくれた。

 眠たそうにはしていない。

「姉様、お体はどうですか」

「問題ない。マーチにはお世話になった」

 姉様をここに送ってすぐ、母様の方へ行くように言ってくださったらしい。

「アリア。すまなかった」

「……」

「お前が辛い思いをすると、私は悲しい」

 俺の殺意が膨れる前に姉が撫でてくる。

「私はお姉ちゃんだから、お前を苦しめるものから守ってやらなければ」

「…………」

「いいこいいこ」

 死のう。

「だめ」

「ミァザ、少し待ってくれ。アリアも大人しくしててな」

「?」

「アリアにとってしてみれば、自分は原型がわからないくらいにいじくられたのに《王様》にも《竜神》にも程遠い。お前さんは五感以外そのままなのに《竜神》だ。そこの複雑な感情はどうもならん」

「…………」

「殺意と嫉妬は誤魔化しようもない。……が、お前さんへの愛情も間違いなく本物だから信じてやってほしい」

「わかりました。その殺意は、バグのようなものですか?」

「それもある」

「バグがなくなったら、アリアはリラックスできますね」

 姉が俺の額に触れた瞬間、バグと呼ばれた欠陥が消えたのがわかった。

 殺意も憎悪も膨れない。嫉妬と、抱きしめられたことへの歓喜を感じる。

「大好き」

「俺も、好きです」

「大丈夫だよ。お姉ちゃんが苦しいのとってあげる」

「………………………………」

 高等技術で手を尽くしてくださっていたが、思考を捨てて意識を投げた。そうしてしまえば体は再び水銀と化す。

 姉と似ても似つかない銀色になる。

 いっそ消えてしまいたかった。

 どれほどの時間が経ったのかわからないその時に、俺は人型で目を開けた。

「…………」

 視界に妻と姉が映る。

「良かった……」

「アリア、ごめんね」

 なぜ謝られる、姉。

「調整してたら、失敗しちゃった」

「? 失敗……」

「私の魂を参考にして、寸前で止めようと思ったら、アリアが寝て……びっくりして。最後まで同期しちゃった。ごめんなさい」

「かまいません」

 眠たそうながら必死で謝る姉が可愛い。

「シスコンもほどほどにしろポンコツ」

 ハーツに叱られた。

 まだ居てくださるとは思っておらず、アネモネがお礼を述べるのをぼうっと眺める。

「ハーツさん、あれこれすみません。夫と義姉がお世話になりました」

「かまわんよ。ミァザを寝かしてくる。客間でいいか?」

「何から何までありがとうございます。よろしくお願いしますね」

「おう」

 ここは俺の自室で、妻と二人きりだ。

「……何があったのかは聞かないわ」

「アネモネ……」

 妻がベッドに乗って寄り添ってくれる。

 体温を感じた。

「大好きよ、あなた」

「俺も愛している」

「嬉しい。一緒にお風呂入りましょう」

「嫌だ」

「そう? じゃあお義母さん呼びましょっか」

「ぜひ我が妻にお願いしたい」

 たぶん俺はいつまで経っても養母と妻に勝てない。

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