第4話:船霊
「しおりん一緒にお昼食べよ?」
「……でね、美織ったら『まつりさんがお兄ちゃんになるなら大歓迎』なんて言ってくれたんです。その、えっと」
「しおり、」
「あっ、イブキさんがまた遊びにこいとおっしゃってましたよ!」
「しお、」
「えへへ……まつりさん大好き♡」
…………。
五感に問題があるわけでなく、むしろ鋭敏なはずなのに、どこまでも鈍感。自分にとってどうでもいいものはすべてどうでもいい世界。
ストーカー女が頑張って話しかけているのに何も聞こえておりません。まつりさんが驚いておられるくらい。
未来視の折り合いをつけた紫織はまつりさんに積極的なアプローチをかけるようになりました。
飄々としていたりぶっ飛んでいたりしたまつりさんも、普通に赤面したり、初々しい様子を見せたりなどしておりました。
まあもちろんお互いふとした拍子でぶっ飛ぶのですけれど、魔術学部でも有名なカップルとなりました。
そんな毎日を繰り返していたら、ストーカーは二人とも姿を見ないように。
まつりさんはほとんど紫織(+わたくし)&美織の家に入り浸るように。
そんなところへ、本日はひまりさんがやってきてワイワイしております。
「へー、みおりんそっちの道に行きたいんだね! じゃあやっぱり寛光かなー。一足飛びでヨーロッパもいいと思うけど」
「ふえっ、よ、よよよヨーロッパ……」
「いろいろ大変だけど、言語と文化の壁さえ越えれば糧になるよ」
「うぅ……」
「ま、寛光からでも留学行けるから考えてみて。兄貴ともども相談に乗るよ」
「……うん!」
ひまりさんは美織の将来に向けてアドバイスを下さっております。ありがたいことですわね。
ちなみに、まつりさんが寛光から留学、ひまりさんがヨーロッパ直行とそれぞれのルートを歩んだのですって。
「イタリアで院生やってたらひまりが追いかけてきたね」
「はわー。お兄さん思いですね!」
「そうかな……?」
「お兄ちゃんのそばに行きたくて頑張ったのに」
「執念が怖かったんよ」
まつりさんは紫織の髪を結いつつポツリ。妹さんとの苦労があるのでしょうね。
「うー……一人暮らし怖いなあ……ヨーロッパも怖い……」
「単純な一人暮らしになることは少ないよ。日本語のできる寮母さんつきの寮とか、大学から縁のある人のホームステイとか選べる制度がある」
「!」
「実際、僕が院で留学した時も師匠のツテを辿ってホームステイだったよ」
「そうなのよ。若い学生をポンと放り出すなんてしないでお膳立てとサポートがあるから」
「留学に送り出す側は、学業に専念してもらった上で保護責任もきちんとしなくちゃってことで頑張ってるんよね」
「そ、そうなんだ……!!」
あら意外と乗り気。
そんな和気藹々とした会話を、日本酒を飲むイブキさんが微笑ましく眺めておりました。……昼酒ってどうかと思いますの。
「案ずるな巫女よ。余は酒に酔ったことなど一度もないぞ! ザルじゃザル!」
「勝手に聞き取らないでくださいませ」
わたくしは紫織の内にいたというのに無粋な男。
神らしい呵々大笑は光爆ぜるかのよう。腹立たしいことですわ。
「うむ。紫織」
「——はいっ!」
「末裔たちを出迎えてやっておくれ」
「はい。いってきます!」
ぱたぱたと駆けていきますと、すぐさま扉を開けました。そこにはまつりさんひまりさんのひいお祖父様、マヅルさんがいらっしゃいます。
「いらっしゃい、マヅルさん!」
〔いらっしゃいませね〕
「うむ……」
「はれ? リフユさんはどうなさいましたか?」
たしかに。彼の愛妻の姿が見えません。
「……すぐ来る……」
なんだか疲れておられますわねー。
言った通り、ルビーの輝きが美しい髪をたなびかせて美女がやってきました。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃいです!」
「うふふ。しおりん今日も美少女」
「はわぁ……リフユさんお綺麗です……」
美人のお姉さんに弱い紫織はどうにもなりませんので、ふらふらのマヅルさんをやってきたひまりさんに任せ、気になることを質問しましょう。
「マヅルさんに何かなさったの?」
「電話で指示して歩かせたの。方向感覚を育てたくて」
「……フユ」
ひまりさんに支えられるマヅルさんは涙目。
「なあに?」
「…………心細かった」
「そう。明日も頑張ろうね」
「ふ、フユ……?」
埒があかないと判断してか、ひまりさんが苦笑気味に口を開きました。
「こんにちは、ひいおじいちゃん」
「うむ……」
「ひいおばあちゃんも」
「うん」
「あんまり旦那さんいじめたらダメだよ?」
「えへへ、可愛くて」
「フユ……!?」
「まあそれは冗談として。私はマヅルくんが不安だよ。家からすぐそばのコンビニに行くだけで迷子になるのだもの」
「あれは……帰り道がわからなくなっただけで迷子ではない」
「……そうなの」
遅れてやってきたまつりさんが『帰り道がわからないのは迷子だよ』と的確なツッコミ。
「…………。フユ……」
「はいはい」
マヅルさんは表情が変わらない人ですが、リフユさん相手だと声音が豊か。リフユさんが可愛いとおっしゃるのも納得です。
「お腹の子のためにも方向音痴を治そうね。お父さんが一人で道を歩けないのは不安だもの」
「……うむ……」
玄関ではなんですから、みなさんリビングへとご案内。
イブキさんと一緒にお茶菓子を用意していた美織は新たなユングィス二人に『おおぅ、うおぉ……』と言葉も出ない様子でした。
ご夫婦を招いたのは他ならぬイブキさん。もちろん、紫織美織とわたくしに許可を取ってからですけれど。
「あなたが美織? 可愛い!」
「はうああうおおぉ……」
「妹は『はじめまして』と言ってます!」
適当な通訳しないの。
「はじめまして。今日はよろしくね」
「あぁう……よ、よよよよろしく、お願いしまする……」
「うん。さ、マヅルくんもご挨拶して?」
「…………」
「マヅルくん?」
「……帰る……ここにいても、私など……」
「いいから座ってろ」
「う……」
引っ込み思案なマヅルさんと、お構いなしに引きずり出すリフユさんは結果的にバランスの良い夫婦。
「……せめて本を読ませて欲しい……」
「はいはい。会話にはできるだけ参加するんだよ」
「うむ」
タブレットを取り出し電子読書。スマホも知らなかったところから確実に進歩なさっておられますわね。
「……り、リフユさん……七海美織です……はじめまして……」
「あらー♡ かつてのマヅルくんを思い出す人見知り! 挨拶できるぶんマヅルくんよりまともだね」
「はう」
撫でられて真っ赤。美織も美人のお姉さんにそこそこ弱いのです。
「ほら、マヅルくん。美織だよ。アドバイスしにきたんでしょ?」
「……うむ……」
「…………。紫織、どこかお部屋貸してもらえる? 美織ちゃんとマヅルくん連れて話し合うから」
「ひぃ……」
「ふ、フユ……ひどいぞ……」
「いいからいいから」
紫織が部屋を伝えると御三方で入っていかれました。
イブキさんは何をしておられるのかと思えば、ひまりさんとまつりさんの作業を興味深そうに見ておりました。
白く滑らかな石を二人で彫刻しております。あれはハンコかしら? 鈴蘭と榊が彫られて見事ですわね。
「お主ら、妖精ではないのじゃな?」
「そっすよー。僕は判定不能で妹はユングィスです」
「技術と工芸じゃ妖精さんに勝てないから、私たちはマーケティングに基づき頑張ってまーす」
「ふむふむふむ。賢い子らじゃ! 余の依頼も受けてくれておるしのう……工程まで見せてくれるとは。報酬を弾まねばならぬ」
あら、イブキさんの依頼でしたの。道理で強い縁の糸が繋がっておりますわね。
わたくしにも一本つながって——
…………。
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