第3話:船霊
午後の授業も無事終わり、まつりさんの運転で帰り道。
「……ストーカー男子の方はさておき、女子の方はわからなかったな。いたの?」
「4限にはおりましたわね。あなたが紫織といちゃついているのを見てぽかんと固まっておりましたわ」
「あらら。挨拶しようかと思ってたのに」
「逆上させるおつもり? あなたは自衛できるでしょうけれど、紫織と美織に危害が及んだらどうするのです」
「及ぼされる前に殺すよ。心配しないで」
このひとほんとやばいですわね。紫織みたいに『他人は路傍の石と同じ』メンタルではないのですけれど、『他人は必要なら殺していいや』といった風情で生きておられます。
……ますます割れ鍋に綴じ蓋……
「帰り道、なにか食材買ってこうか?」
これでいて気遣いが至極まともなのが不気味ですわ。
「ではこの道を行ったところのスーパーにお願いいたします。イブキさんから指定されておりますものとお菓子をいくつか」
「へー、イブキさ……ん?」
「ええ」
原初の神にしてユングィスの祖。まつりさんにとっても先祖にあたる神は紫織の家に暮らしております。
「…………。どう過ごされてるの?」
「どうって……家事をしてくださったり美織の面倒を見たり……あとは猫とお昼寝なさったり。悠々自適な晴耕雨読の生活をなさっておられますわよ」
「あの方家事できるんだね……」
「ええ。『余にできぬことなどない』とのこと。時代の進歩から生まれた家電もすぐに使いこなしてございました」
「うーむ」
「あ、駐車場右奥ですわ」
「はいよー」
まつりさんとお買い物チャンスだったというのに、紫織は挙動不審に妄想を炸裂させてばかり。結局わたくしがお相手することになりました。
共に帰宅したいま、食材を冷蔵庫にお片付けしております。
「……こんなんで結婚生活歩めるのでしょうか……」
「はっはっは、巫女は子孫想いじゃなあ!」
かんらかんらと爆笑なさっておられる原初の神は塩焼きそばを調理中。サラダを冷蔵庫から出せと仰せつかりましたため、ちゃっちゃと出してしまいましょう。
リビングの方からまつりさんが見ております。
「ほんとに料理してるんだけど……怖……」
「なんぞ末裔。余の手料理が不満か?」
「いいえ。あなた様の地位を考えると色んな意味で恐ろしいんです」
「ふん。昔は何かするたび側近どもがうるさかったが、いまの余は自由の身じゃ。こうしてフランベもできるぞ」
焼きそばのかたわら焼いていたポークステーキがボワっと炎に包まれました。
良い香りです。
「ただいまー!」
あら、美織。
「おかえりなさい。部活は?」
「今日はお休みの日。紫織お姉ちゃんの好きな人見たかったから急いで帰ってきたよ!」
「ふふ。そちらにおられますわよ」
まつりさんが手を振りますと、美織が目を見開きました。
「うっわすごいイケメンじゃん!」
「はは、イケメンかどうかはさておき。僕は翰川纏理といいます。はじめまして」
「は、はじめまして。紫織の妹の美織……って、翰川? ひぞれ先生と関係ありますか?」
「ひぞれは僕の母」
「!!」
ひぞれさんの大ファンな美織が興奮しておりますが、そろそろ引き剥がさないと。
「話は変わるけど僕は紫織さんと結婚するからよろしくね」
「ななみお姉ちゃん助けて」
「はーい」
案の定ぶっ飛びやがりましたわね。
幸いにも美織は危機察知センサーばっちりな素敵な子。そこんところ姉とは正反対ですわ。
どうしたものか迷ったところで柏手。
音一つで場を支配したイブキさんが美織に微笑みかけます。
「手洗いうがいをしておいで」
「! うん」
駆け出していく美織を見送ってすぐ、彼はまつりさんを睨み据えます。
「紫織と好き合っていようと、他を蔑ろにするのであれば殺す」
「……すみません……」
「ふん。まあ、好いたおなごを前に気がふれるのも男としてわかる。手が空いているのだからそんなふうなのじゃろ。一品つくれ」
「はい」
……イブキさんって女好きで豪快に適当な神らしいところありますけれど、基本は若者を見守って育てるタイプなのですわよね。
(高評価ですね!)
紫織は変なタイミングで復活するのやめなさい。
(なかなかの無茶です!?)
さて、テーブルセッティングしましょ。
原初の神とその末裔、それと巫女の末裔たちで囲む食卓。
「これ美織。ピーマンを残すでない」
「う……うん」
「うむ」
イブキさんが一緒に暮らすと言い出した時はどうしてやろうかと思いましたけれど、彼は紫織や美織を娘認定している様子。基本的に寝支度やお風呂をする時間帯以降はスマホに下がりますし、二人が忙しい時には家事をしてくださいます。
「……」
「なんぞ、末裔。男に見つめられたとて微塵も嬉しくないのじゃが?」
「あー、すみません」
まつりさん、物怖じなさらないのね。
「イブキさんはどうしてここに住まわれているんです?」
「最初から聞け。……余は七海の巫女を黄泉路へ連れて行ってやる約束をしたのよ」
「はい」
「しかし紫織の嫁入りを見守ってから逝きたいと言うのでな。ゆえ、嫁入りまでこうしていることにした。お主が結婚するのならばまあ良かろう」
「……。ありがとうございます」
「親心よな」
紫織はいま、二人の会話を脇に妹と談笑中。
わたくしに殺したいほど憎まれているだなんて知らないのでしょう。
……知らないのでしょう。
……………………。
「巫女」
「わっ……」
いきなり引っ張り出されました。美織が驚いておりますわふざけんなこのクソ神。
「何をなさるの」
「嫉妬を憎悪にするな」
「……」
それっきり放置。傲慢にして冷酷。このクソ神——
(えー? ななみさん私のこと複雑な気持ちですよね? 知らないわけないのですけど——)
黙れ末裔。悪意を向けられて何とも思えないくせに人間みたいに。
(巫女だって人間ですよ?)
だまれ。みんな、わたしは——!!
「お姉ちゃん!」
「…………」
美織。妹。とてもかなしい。
「……ごめんなさい。取り乱しましたわ」
「巫女よ」
「なんですの?」
「紫織とともに食べよ」
「……」
紫織の前にある塩焼きそばを指差しました。
「いえ、これは紫織が、」
「感覚を共有せよ。生きて呼吸をし、食事を摂るのだ。巫女ともあろうものが自らを蔑ろにするでない」
「……」
「二度は言わぬぞ」
それきりで自らの食事に戻られました。
…………。
薄めの塩気に紅生姜が美味しい。
変な空気になってしまって申し訳なかったのですけれど、まつりさんは美織とお話ししてくださっておりました。ものづくりに興味のある美織ですから、本職のまつりさんにあれこれ聞いて楽しそうです。
宴もたけなわですわね。
そんなところに邪魔者の気配。
「巫女よ」
「……はいはい」
盛り上がる二人に断ってから、インターホンが鳴る前に玄関扉を開けに行きます。
当然イブキさんもついてきておりまして、驚いた顔をする訪問者に告げました。
「跪け」
ストーカー男は驚きつつもわたくしを向いて叫びました。
「七海さん! どうして僕を——」
「跪けと言うた」
神の力で腹を潰すように蹴り上げれば床に倒れ伏すほかありません。
……まあ正直、曲がりなりにも魔法使いの家系でありながらイブキさんの放つアーカイブの圧を感じ取れない時点でだいぶ期待薄ですわね。
ここまでの神ならば普通の人間でさえ感じ取るでしょうに、恋の盲目デバフと勘違いぶりが痛々しくて哀れですらございますわ。
痙攣を始めたストーカー男が聞いているのかどうかなんて気にしないイブキさんは厳しい目で咎めます。
「余に拝謁を願うのであれば二度呼びかけ、許しあるまで平伏せよ。どころか命に背くとは無礼千万ぞ」
……この神様って非常に傲慢でございますが、平伏されるのが普通の地位なのですわよねー。
「全く……大学とやらは神への礼儀さえ教えておらぬのか? なればこやつの責任のみではあるまい。直談判してやらねばな」
「いちおう知らなかったのではなくって?」
「知らなかろうが無礼をしたならば罰を受けるのは当然じゃろ?」
そうあっけらかんと言い切った直後、これが竜どもなれば首を飛ばしておるわと大笑い。
うーん……神。これぞまさに神。ザ・神。
「ま、教育的指導というやつじゃな。……して、こやつが紫織に懸想した男か? 余を無視できる鈍感具合からして将来に期待できんのじゃが」
「そこは同感ですけれど、どうなさいますの?」
「決まっておる」
処刑かしら?
「認知が歪んでおるのじゃから病院にぶちこむ。その方がこやつにとっても良かろうぞ」
まあ意外。
「なんぞ、巫女。求婚ならば紫織から離れてせよ。いまのお主は娘にしか思えん」
「求婚するわけねーですわよこの女好きが。……殺されるものかと思いましたもので」
「ふん。一度の過ちで殺していては神族の長はつとまらんぞ」
イブキさんはストーカー男を担いで消えました。
わたくしに『みなとよく話すが良い』とお節介を言ってから。
……ほんと、余計なことしかなさらないのね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます