第5話:船霊

 私の夫は頼れる男。

 ■■■さんが私の内で眠っている隙の、まつりさんとイブキさんとわたくし紫織とで、ヒミツの会合なのです。

 こほんと咳払いをして夫が名乗りました。

「改めてまつりですが、僕の種族名は判別不能ではなく船霊ふなだま

 それは船の行き先を導く神。転じて、ひとの運命という巨大な船の行く末を左右する神。

「特殊すぎて使い所が少ないのに悪用されると面倒だから名乗らないんだけど、まさかのご指名で驚いてるよ」

「余に見抜けないものはないぞ」

 尊大な態度にふさわしい風格と能力を兼ね備えた神が胸を張られました。イブキさんは全知全能の主神に近い存在であるからして、そういった信仰と神話の効果もあるのでしょう。スペードさんと同じですね。

「まず聞け、我が末裔たるまつりよ」

「はあ」

「巫女の名を調べたのじゃ」

「…………」

 その発言には私もまつりさんも驚きました。

 神に奪われたななみさんの名前は世界から完全にロストしたはずなのです。

「ふふん。裏技というやつよ。ロストしたのはここ、コード世界でしかない。他の世界に移れば関係のないことよ」

「! 《塔》を登ったんですか」

「うむ」

 とう? タワーの塔です?

 私の疑問を察して、まつりさんが教えてくださいました。

「伯父さ……シンビジウムが作った《塔》を登り切ったら好きな願いがある程度叶うんだ」

 明らかに普通の塔ではありません。それとその、えーと……たぶん私が想像するような規模を遥か超えそうですよね。誰でも簡単に登れたら恐ろしい事態ですから。

「ありとあらゆる情報を記録し続けるアカシックレコード接続の神様と会えるから、かつて失われた巫女さんのお名前もわかるってわけだね」

「な、なるほど……」

 まつりさんはイブキさんに向き直って問います。

「誰が登ったんですか?」

「余」

「……化け物じゃん」

「失礼なやつよのう!」

 大いに笑うところが清々しく神。

「妖精の手により《塔》ができて何億年……幾人もの挑戦者あれど登り切ったのはガーベラとペアノのみと聞く。しかし余の行く道を阻めるものなどなく、容易く頂上へ辿り着いてやったわ」

「はわー……」

 ペアノさんという方はご存じな——京ちゃんのお友達であるハルネさんのお父様であり最強の天使ですね。ガーベラさんはみなまで言わずとも最強の魔法竜。

 ですが、純粋な戦闘能力だけでは登れないのでしょう。だったら他の方が登っていてもいいはず。

 その思考は打ち切って現実に戻りましょう。

「名前をまつりに伝えよう。言霊としてじゃから理解はできんやもしれんが、その方が良かろうな」

「……なら、この件については他のユングィスよりも相性は良いでしょうね。僕の性質上、運命の動作に行動が影響しませんから」

「うむ」

「何をすればいいんです?」

「はんこにしてやって欲しいのじゃな。頼んだぞ、船霊」

「……彫り出すにも難しいんじゃ?」

「ふふん。そこは裏技というやつよ。そなたに名の音を理解させぬままで名前を刻ませよう」

「うーん、なんて神らしい。いいですよ、やります」

「そうせい」

 イブキさんを見透かそうとすると難しいのであまりしておりませんでしたから、私や美織、ななみさんの面倒を見てくださる動機を知りませんでした。

 たったいまわかったのは、ななみさんへの深い思いやり。そして一点の穢れもない愛。

 親愛だとか情愛だとかで済ませられない、天から降り注ぐ愛です。

「偉大なる巫女であるおなごが黄泉路を行くのじゃぞ。花道にしてやらねばなるまい。煌々と照らされた旅路にしてやらねばなるまいよ。まずは名前からじゃ」

 それはまるで嫁入りを寿ぐ父の如く、成長を喜ぶ兄の如く。

「衣装も選べるよういくつか手配してある。ルヴェニモの娘御なれば心配なかろ」

「……あのう」

 私は問いました。

「あなたはどうして、ななみさんにそこまで思い入れるのです?」

「美しさゆえに」

「……」

「余は美しい魂が好きじゃ。その一点は男女関係なく、生き様の輝きこそ愛しい。人と神に裏切られながらもその二つを愛する巫女を余も愛している」

 共に死へ向かうほど、愛している。

「死ぬことは怖くないのですか?」

「ない。行くべきところに行くのみぞ」

「そうなのですね」

 なら、私の《姉》を任せられますね。

「うむ。任せよ」

「どうかお願いいたします」

「余はルヴェニモの娘御のところへ行ってくるゆえ、未来の夫と話しておれよ」

「はぅ……はい……」

 照れてしまいます。

 イブキさんの姿は消えて、まつりさんとふたりきり。

「「…………」」

 話の切り出しに迷っていると夫の方から声をかけてくれました。

「紫織はいつ結婚したい?」

「……」

 未来で視た通りの質問。

「どうしましょう?」

「はは。……予知を簡単にできない理由と未来視持ちが集まったら危ない理由、わかった?」

「はい」

 わかりました。

 これまでの自分が無意識に無造作に使ってこれたことが恐ろしいくらい、身にしみます。

「予知って、すっごく怖いんですね」

 大切な人の不幸を見てしまったら怖い。

 予知の結果が食い違っても怖い。

 その未来が回避できるものかさえわからなくて、とても怖い——

「……圧縮した未来で幸福を感じ取っているのですからまつりさんとの結婚に不安はないのですが……私の将来のお仕事を考える時間は必要だと思います」

「それはいい。紫織の才能はきっと誰かの役に立つよ」

「好きぃ……♡」

「僕も好きだよ」

 お互いに幸福な未来を感じ取った私たち未来の夫婦。問題しかないような気がいたしますが、まあ大丈夫でしょう!

「これからも末永くよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」

 私が姉を見送る日はいつかきてしまいますが、胸を張って送り出せるよう、また、姉が安心して旅路へ向かえるよう精進して参りたいと思います。

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