第2話:現在進行発狂中

「ねえさま……」

 俺の姉。

 大好きで憎らしい姉。

「……和解なさってましたわよね。どうしてそんな状態なんですの?」

「最近、設計士に細かい修正をしてもらって……感情につきまとう発狂が比較的落ち着いたんです」

「ならまともになっててくださいな」

「発狂しなくなったら、愛情の裏にある殺意が噴出するようになったんです」

 姉と話せるようになって浮かれていたせいか気付かなかった。

「自覚をお持ちでなかったの? かわいそうに」

「…………。姉様を抱きしめたい……」

「してはいかが?」

「首を掻き取ったらどうするのです」

「はー、めんどくさっ。面倒くさい悪竜選手権第2回が開催されましたら一位になられるのではなくって?」

「長兄長姉を甘く見ないでほしいものですね。悪竜の1番こそが勝利することを俺は信じています」

「信じられるのも嫌でしょうそんなの」

 3億人の自分が戦争を繰り広げているアレの面倒くささは宇宙開闢以来の生命体で最高だろう。

「悪竜No.1……3億人いらっしゃるとかお会いしたくございませんわ」

「会わない方がいいと思います」

 あんなのを見ては巫女の目に悪い。

「まあいいですわ。で、これからどうなさるおつもり?」

「……あね……」

「泣かないでくださいな」

 俺の姉。大好きで眩しくて妬ましくて、いつも殺しそうになる姉。

 母様が俺と姉様と家族団欒をなさりたいのは伝わってくるが、それをしては間違いなく俺が姉様を殺してしまい、母様は多大なるショックを受けて——駄目だ想像しただけで死ぬ。

「セルフで首刎ねようとしないで」

「そこにいろ、イブキの巫女。発狂中の鬼っ子に近寄るのは愚策だ」

「————」

 虹を煮詰めて暗黒になってしまったようないろの雷撃が俺の首に突き刺さる。

 水銀となってのたうち回っていると、世界を爆散させかねない出力のオーダーを気軽に放った竜神は俺を無理やり形取って抱き上げた。

「息災であったか、小さき鬼よ」

「…………」

「なんとか言え」

「魂貫通するオーダー喰らわせておいて応答を求めるのは酷ですよ、お父様」

 新たな声。麗しき女神であるキュレアが俺に再起動をかけて、ニーズヘッグの腕から回収する。

「久しぶり、アリア。弟がお世話になっているわ」

「……お久しぶりです……」

 すぐそばで巫女が『イブキの巫女ってなんですの。あの方に仕えた覚えは一瞬たりとてございませんわよ!』と果敢にもニズへ訴えているが、通じるわけがない。

 かの《怒り滾らす黒竜》は、年に一度あるかないかの完全顕現にご機嫌なのだから(ただし表情は無から一切変わらない)。

「……」

 おぞましいほどに、おどろおどろしく美しい竜神。その威圧感と美貌はお子たちへと受け継がれている。

「鬼っ子」

「はい」

「我は機嫌が良い。貴様とその姉が仲良くできるようにしてやろう」

「お帰りください」

 この竜神の解決方法はいつもまともでない。ご機嫌であればあるほどにそうだ。

「なんと」

「そりゃそうだろうよ……アリア、そろそろ大丈夫?」

「はい。ありがとうございました」

 キュレアの腕から降りて着地する。背丈が縮んでしまったが、まあ後で直せば良い。

「……あの神、えげつないのですけれど」

 ニズを見通したと思しき巫女が体を震わせる。

「そうですね」

 実際に戦ったこともあるが、文字通り相手にさえならなかった。

「アリア、そちらが七海の巫女さん?」

「! わたくしとしたことが、ご挨拶遅れました」

 巫女はすぐに振り向いて挨拶する。

「あなた様のおっしゃられるように七海の巫女でございます。お見知りおきを」

「ええ。私はキュレシア。会えて嬉しい」

 優美に微笑む。

「顕現するや否や『アリアに会いに行く』と言い出した父が心配でついてきましたよ」

「ありがとうございます」

「末っ子たちは元気?」

「はい。末っ子たちは本日、母のところへ行っております。そろそろ帰ってくるとは思いますが」

「まあ……後で顔を見たいですね」

「ぜひ」

 キュレアと会えるとなれば子どもたちが喜ぶ。

「ミァザにも会いたいわ。可愛い姪は元気かしら」

「病院に行っておられます。俺が死にそうなのと、お腹が張ったとのことで行ってもらいました」

「……相変わらず大変そうねぇ……原初の神々へのバグは治ったの?」

「…………。試せていません」

 昔からどうしようもない愛憎——母の如く敬愛するスペードへの嫉妬を含んだあれこれがあるせいで殺意が忙しいハーツを除けば、出会う神はバグが解消された方々ばかりだ。

「ということは余の前でなら試せるのか!」

「——     !!」

「おお、祖母似じゃな! 懐かしやその殺意! けたたましき《怨叫》!! 良いぞ良いぞ、戦おうぞ!」

「戦わないでくださいませね? ……ひとまず落ち着け」

「…………」



 しばらく経ってのちオーバーヒートから回復する。

 水銀形態であるせいで水槽に入れられていた。この状態では視界がないのだが、魔力を放てば探査できるので特に問題ない。現在地:書斎。

「おはよう、あなた」

「!」

 アネモネ。妻はなぜか俺が水銀であっても意識の有無を感じ取る。うれしい。

「帰ってきたらお客さまがたくさんいらっしゃるからびっくりしたわ。みんなでおもてなししてるから、落ち着いたら来てね」

「ありがとう」

 ……気を遣ってもらってしまった。

 去ったのを確信してから水槽を出る。

 出たはずが戻った。

 戻る。戻ろうとすると出るが水槽に封印-@¥&&#がかかっていて出られない。

 ……………………。言霊の幻術。

 ディテクトとは珍しい……と思っていると、体に声の振動が伝わる。

「えへへ。はじめまして、アリア!」

「……はじめまして、リフユ様」

「あれ、知ってた?」

「ひぞれから聞いておりました。お会いできて光栄です、マヅル様の奥方」

「あらー。……マヅルくんと知り合いだったの?」

「はい」

 彼女が戻ったことはマヅル様にとって良いことだ。なので、大変喜ばしい。

「そっかー。ってことはイブキ様が宿ってたマヅルくん相手にバグってその度マヅルくんがフリーズさせてたかな?」

「……」

 当てられた。

「今日のマヅルくんは大学の方に行ってもらってるから、挨拶はまた今度ね」

「はい。……?」

 マヅル様は極度の方向音痴だが、ついていなくて大丈夫なのか? まあ、ひぞれが『心優しいリフユおばあちゃん』と言うのだからナビ役は配置しているのだろうが……

「そしてこれはさっき攫ってきた光太」

「うす、攫われてきました森山光太です。完全なる不法侵入に驚いてます……」

「…………」

 とりあえず擬似でもいいから視力を作る。

 リフユ様の隣で、光太はヘルメットを小脇に抱えてバイクに腰掛けていた。気配感知に引っかかったのもこの瞬間であるから、彼がディテクトでこの家に引っ張られたのは間違いない。

「光太はいつも楽しそうですね」

 本人のデフラグの効果もあるが、リーネアから譲られたそのバイクは因果が絡みついたいわくつきだ。

「あはははは……そうですねー……」

「うふふ。光太って警戒心死んでるの?」

「運転中に飛び乗られて警戒心もクソもないと思いません??」

 俺の仕掛けた結界をどうやってすり抜けたのか考える。

 まず、空席であったディテクトのアーカイブ代表にリフユ様が収まっていることから、名手であるとのひぞれ情報にも納得がいく。

 あらゆるベクトル、概念でしかないものさえ好き勝手に操る神秘を使えばあり得ない真似もできる。

 ……実は数学に関してもかなりのものなのでは。

「なんでワクワクしてんですかシェルさん!?」

「!」

 未だ水銀でしかない俺の感情がなぜわかる。

「あのそのえっと不法侵入してるのは誠に申し訳ないんですけどもあの、え。マジでなんで俺ここにいるんですか!? ど、どどどどうしよう、どうしよう」

 勘の良さはさておくとして、妙な事態に巻き込まれるのに慣れているはずの光太がここまでの混乱を見せるのは珍しい。

 結局は背後の女神を呼ぶ。

「し、シヅリさーん!!」

「落ち着きなさいな」

 プライドの高い彼女が即応するあたり、信頼関係が築けているようで何よりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る