第3話:変異少女

「ハルネ・I・レリアクレシバルと申します。天使です!」

「……三崎京と申します……」

「よろしくね!」

「お祖母様、京の解放要請」

 そろそろ羞恥が限界値。

「うん! はい、どうぞ」

 引き渡された京をソファに座らせて、私はその隣。

 お祖母様は向かいに腰かける。

「じーじは?」

「お兄ちゃんはひぞれに挨拶に行ってますよ」

「ん……あとで来てくれるかな」

「ええ。サラのところにお泊まりしたいって言ってました」

「歓喜」

 わーいやったー!

「サラの可愛さは変わりませんね」

 抱っこしてくれた。

 嬉しい!

「さて。京さん?」

「はっ、はい!」

「京さんのことはジンガナ様とリーネアからよく聞いています。可愛い頑張り屋さんなのだと、二人ともが自慢しておられました」

「へっ、あっ、あぅ……」

「ですが、私はこう思いました。京さんはもっとパターンを使いこなせると思うんです! せっかく常識と真っ当な倫理観と優しさを持っているのにもったいないですよ」

 京が応じるより前に、京の体を龍神の繭が包む。

「京、おつかれさま」

「ふあ」

「今日も可愛いのね、わたくしの子。小さな愛し子」

「じ、ジンガナさん?」

「ええ、あなたのジンガナよ」

「…………」

 虚脱した京を支えつつ、お祖母様と私に目を向ける。

 お祖母様はにこにこと手を振った。

「お久しぶりです、ジンガナ様」

「久しぶり。……さて、ハルネ?」

「はい?」

「京に無理をさせないでちょうだい」

「まださせてないのに」

「そういうことを言うから……そもそもまだ出会ったばかりでしょう? 京はあなたの人となりも知らないのに」

「これから知らせます!」

「……相変わらずあなたは天使ね」

 ため息をついたジンガナ様。何であろうと美しい龍神は、京を抱きしめたままで私の方へ歩いてきた。

「サラ、こんにちは」

「こんにちは」

「あなたはひいおばあさまに似て冷静ね。賢くて素敵な子」

 ジンガナ様は私の曽祖父母と懇意で、会うたび褒めてくれる。

「京のこと気にかけてくれてありがとう」

「ん。当然」

「ふふ」

 落ち着いた京を着地させ、私を撫でてくれる。

 着地した京はお祖母様について何やら考えている様子。そして話しかける。

「……ハルネさんの神秘はなんでしょう?」

「ペーストです!」

「パターンの制御を教えられるということですか?」

「もちろん。だってパターン使いのみなさん感覚派が多くって。その点、私は理論派ですから安心です」

「……」

 悩んでる。

 ジンガナ様がそっと助け舟。

「ハルネは京の助けになりたいのですよ」

「! え……ど、どうしてですか?」

「あなたがオウキとリナリア、それからシェルやひぞれの助けになっていると聞いて、お礼をしなくてはと張り切っているのです。可愛い子でしょう?」

「全っっ然そんなことありません!! 私は私が見たいからパターンを使わせようとしてるだけですー!!」

 耳だけ真っ赤にして叫ぶお祖母様を見、ジンガナ様はくすくすと微笑む。

「恥ずかしがりやですわね」

「なにも恥ずかしくありませんけど!?」

「お祖母様、お祖母様。退却推奨」

「私はまだ負けてません! 今日こそは勝てる気がするんです!」

「無謀」

 そして不毛。

 竜のみなさんは溺愛すると決めた相手が何をどうしようと溺愛し続ける。ましてや『大切な友人の娘=超絶可愛い』みたいな認識をされたお祖母様が勝てることなど決して有り得ない。

 いまも『ふふふふ。ハルネは今日も元気ね』と言わんばかりの優しい目で見守ってるし。

 ……ん、でも。

 お祖母様も自分と同じくジンガナ様に溺愛されていると知った京が親近感を覚えているっぽい。

 良かったね、お祖母様。結果オーライだよ。



「……友人たちがお世話になったそうで、お礼に参りました」

 お祖母様は拗ねつつも京を撫でている。

「でも、お世話になってるのは私の方で……」

「そんなの聞きません。私はあなたにしてあげたいからそうします」

「……ありがとうございます」

 言い切ったお祖母様に京が微笑む。

 そんな京のかばんから、夕闇色の蛇がぬるっと這い出てお祖母様に飛びつく。

「!」

「ハルちゃん」

「バジルちゃん! 可愛い蛇たん!」

 首に巻きつくバジルの鱗をつつつと撫でる。

「食べちゃいたい……ううん、むしろ食べたい!! マヨネーズをかけていただいてしまいたい!!」

「バグり具合、変わらないね」

 京が呆気にとられているのはお祖母様の奇行のせいだろうか、それともバジルが鞄に入っていたのに気付かなかったからだろうか。

 ジンガナ様はため息をついてから、はしゃぎ回るお祖母様の額をつついて振り向かせた。

「バジル、勝手に鞄を寝床にするのはダメよ。せめて許可を取ってからになさい」

「ええっ!? わ、私、全然気付かないでお財布とかファイルとか入れちゃったんです……! バジルさん怪我してませんか!?」

 リアクションからしてバジルに驚いていたらしい。そしてその発言はさすが光太の恋人といったところ。

「中のポケットにいたから平気よ」

「それって『ポケットにいたから見つからなかった』の間違いじゃないですか?」

「ハルちゃん余計なこと言わないで」

「怪我がなくて良かった……次は存在を知らせてくださいね」

「京はもう少し警戒心を持って。お願いだから」

 バジルはお祖母様から離れ、京の首に巻きつく。

「わ。……ふふ」

「ハルちゃんとのお話聞いてたよ。どうするの?」

「え……と。……カルミアさんと相談して、良ければお受けしたいと思っています」

「応援する」

「……ありがとうございます」

 今度は私の首に巻きついた。鱗の感触にぞわぞわして楽しい。

「バジルは検診受けろと師匠からの伝言」

「いいよ」

「ん」

 私の頬にすりんとする。この形態のバジルは手足がないから、全身で人との温もりを感じようとしているのかもしれない。

 お祖母様が腕を差し出せば巻きついていく。

「バジルちゃんにマフラー編んであげます。お布団にもできるように」

「ありがとう」

「ふふ……あなたが幸せで嬉しい」

 たわむれる私たちのことを、京とジンガナ様は優しい目で見守っていた。

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