第4話:変異少女

 お祖母様は探索解析型の天使。翼の合間から引っ張り出したコード、その先の電極を京のこめかみに貼り付けている。

「真面目で素敵な子……波長がリーネアに似ててきょうだいみたいですよ」

「! ……嬉しい……」

「リーネアも伝えたらきっと喜びます。……と。これは……オウキっぽい感触の……あー、これがカルミアの言ってたあれですね。いまは特に問題なし、と」

「?」

「ルピナスの息吹の痕跡は、これはシアちゃんの手がけた魂の外科手術の傷を縫合している感じで……治癒している……うん」

 京はじっとして、しかしわくわくとお祖母様を見つめている。

「あなたにお願いがあるのですけれど」

「はい、なんでしょう?」

「ご両親のお名前と顔を教えてくださいませんか?」

「え?」

「ぶち殺——心臓を止めます」

 言い直せてないよお祖母様。

 肩を跳ねさせた京がぶんぶん首を振る。

「だ、ダメです! そもそも父は既に死んでおりますし、でなくともハルネさんの手を汚させるようなことなんてできません……! 母を殺すのなら私であるべきですし! 私は誰も殺したくないんです……」

「なんて優しい子……でも偶然殺してしまったらごめんなさい」

「ああ! 偶然なら仕方ないですね。お気になさらないでください!」

 やっぱ京ってリナの《妹》だよな、うん。

 暴走するお祖母様と天然な京の間にジンガナ様が割り込む。

「ハルネ。だめよ」

「うー……ジンガナ様がそうおっしゃるなら諦めます……」

「まったく……あなたのおてんばも相変わらずで」

「えへへ」

「大変可愛らしいことですわね」

「ああああああやめてそんな温かい目で見ないでええええ」

 すでに涙目のお祖母様がジンガナ様に勝てる未来はないから放置。

 私は京に忠告しにいく。

「京。お祖母様は確かに頼りになるけど、釘を刺す」

「! は、はい」

 姿勢を正す仕草から真面目さを感じる。

「私たち天使はお前が想像するような清らかな種族ではなし」

 天使からイメージされる、ファンファーレと一緒に優しい光と降臨して人を助け導く的なものとは全く違う。

「私たちはかつて神の端末であったもの」

「たんまつ……」

「比喩抜きで神の手となり耳となって地上の情報を収集し、神のサポートをしていた、ということ」

「……」

 私たちはおおよそ性能が高い。思考能力・記憶力・身体性能などもろもろ高くて神様の端末だから、そのぶん他の種族とかけ離れた倫理。

 だからさっきみたいにお祖母様が奇行に走ったりするし、総合的にはグロテスクな種族だ。

「気をつけてほしい。慣れるまではリナかジンガナ様かカルに相席してもらうとかしてほしい」

「……わかりました」

 話し終えてお祖母様の方を見る。

 お祖母様はジンガナ様に抱きしめられて愛でられており、真っ赤な顔でジタバタしようともお構いなしなジンガナ様に勝てるはずはない。

「いつのまにかこんなに大きくなって……なんて可愛いのでしょう」

「やめ、やめて……羞恥……エラーが……」

「ペアノとジュネは元気? あなたが帰るときには一緒に挨拶に行こうと思うの」

「それだけはダメ……! お母様とお父様の前でまでこんなことされたら、」

「あら。わたくし、生まれたてのあなたによくこうしていましたのよ?」

「びゃー!?」

 叫んで暴れるお祖母様にわろす。

 まあ暴れてもジンガナ様は『そんなところも可愛い』で抱きしめるから特に状況の変化はないんだけども。

 京はほっこりとしつつ、眩しいものを見るようにして苦笑いしていた。

「……だいじょうぶ?」

「あ、いえ、あの……はい。……小さい頃の思い出があるの、いいなあって思ってしまって。素敵ですね」

「…………ジンガナ様」

「なあに、サラ?」

 完全にダウンしたお祖母様をソファに寝かし、龍神がゆったりと歩み寄る。

「京がめちゃくちゃに愛でてほしいって」

「まあ。嬉しいわ」

 その後、お祖母様の向かいに京も追加された。



 ジンガナ様と向き合う。

 私の本命は彼女。

「サラも天使ですものね」

 腕にすっぽりと包まれる私だけど、私は羞恥や愛に溺れたからとてあんなふうにダウンすることはない。

 ジンガナ様の愛情がある種の攻撃になるのは、幼い頃に保護者から慈愛を浴びなかった人だけ。これが例えば光太や佳奈子なら二人は困惑しつつも大人にいなすことだろう。

「ハルネはまだハイネと距離があるのですね」

「筆談しかしない」

 じーじはお祖母様と話したがってるけど、お祖母様はじーじの前だと声が出なくなる。

「……そう」

「ひいおばあさまとは会話?」

「ええ。こちらに来るハルネをハイネが追いかけたと……二人をよろしくと涙ながらに頼まれましたの」

 白魚の指を頬に添わせ、ため息をつく。

「そんなことは頼まなくていいからさっさと追いかけてこいとルールを込めて伝えたのですけれど……」

「……………………」

 ジンガナ様の神秘分類は《ルール》。発動条件とその制御が恐ろしく難しいそれだが、彼女にとっては息するように容易い。

「ペアノがブランクで打ち消したのが歯痒くてございますが、ジュネには直撃したのでよろしいでしょう」

 精神汚染並みの攻撃を仕掛けておいてうふふと笑う彼女が何よりも怖い。

「遮断、懸命。魂に刻むルール。後遺症懸念」

「二人と長い付き合いだからできることです。ふふ、サラは優しい子」

「そう?」

「だって昔何度も仕掛けましたもの」

「……」

 こういう時には彼女があの竜の妻なのだと感じる。

「まああの型落ち天使ぶりが無様な夫婦など捨て置いて、ハルネのことを聞いておきたいところ。話してくれるかしら」

「話すのいいけど、友達じゃないの? そんなこと言って大丈夫?」

「ハルネを傷つけるならあの二人は敵ですもの」

「……」

「命を紡ぐからには子々孫々が幸福であってこそ。娘の幸せを脅かすような友人ならばいずれはわたくしが手ずから介錯いたしますわ」

 これからは二人の様子を教えてね♡ なんて言うけど、そうなると躊躇うしかない。

 話をきちんとつなぎ直す。お祖母様のことを伝達。

「お祖父様がいなくなってから、お祖母様はじーじの部屋を占領してこもりきり。たまに出たと聞いたときはたいていがシェルさんに引っ張り出されてる」

 お祖母様のことが大好きなベラさんのために、なによりも自分の親友であるお祖母様のために、シェルさんは天使の国を強襲し、王宮の堅固なる防衛を力技でぶち抜いてお祖母様を連れ出す。

 そのたび大騒ぎになってはいるけど、天使の国的にはベラさんユニさんが怖くて軽い賠償話にしかなってない。

 説明してみると、ジンガナ様は淡く微笑んだ。

「ガーベラなら戻るハルネを引き止めるくらいしそうなものですけれど……尊重しているのでしょうね。ハルネはお部屋で何をしているの?」

「……お祖父様の遺品を見てる」

「まあ……」

 元は人間だったお祖父様はお祖母様との結婚で人の身から外れたけど、病を患って世を去った。その時からお祖母様はずっと塞ぎ込んで、生活も拒否するお祖母様をじーじが保護した。

「京が大切な兄を喪ってるって伝えたら昨日連絡がきて今日到着」

「…………」

 ジンガナ様はお祖母様を抱き上げ、額に口付けを落とす。

 莫大な祝福が注がれていく。

 ハーツに受け継がれたそのチカラは理屈を無視して幸運と愛を託すもの。お祖母様も気づいて目を開けた。

「ふえ……ジンガナさま……?」

「ハルネ。愛しているわ」

「…………」

 お祖母様の目から涙が流れていく。

「大好きよ、わたくしのハルネ」

「ふ、あ。なんで……」

「理由なんてないわ」

 微笑んで告げる。

「あなたが好きだからです」

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