第2話:変異少女
場所を移す。
ここは私のお家。病院から近くの小さな一軒家だ。
「……わあぁ……空飛んだあ……」
「珍しいこと? ……あ、珍しいか」
京をここに連れてくるまで、私は彼女を抱えて飛行した。戦闘天使ほどの速度は出せないけど、その分安定した飛行だったはず。
京の知り合いに軽い気持ちで空を飛べるやつは少ないと予想。
「はい! 天使さんに抱えられて飛ぶなんて、夢みたいでした……」
「……」
こいつ、ラストで天使にお迎えされるタイプの童話に憧れてたな? あれはとても綺麗で穏やかな《死》だ。
それ自体は忘れてて、いまは純粋に感動してるみたいだけど。
「良かった。……ところで、私は夜勤明け」
「……すみません……」
「お前を抱き枕にして眠る。許可?」
「え……さ、サラノア先生が良いのでしたら……」
「おK」
京に趣味でうさぎパジャマを着せ、私はくまパジャマを着てベッドへ就寝。
とはいえ、私は天使。
脳の半分が眠り、もう半分は起きている。まるでイルカか飛ぶ鳥のようなこれを交代で繰り返すほかない。回復モードに入っている時を除けば別ながら、現在は至ってふつう。
だから半分の脳で京を観測し続けられる。
(……脈拍速い。緊迫? ……でも睡魔)
はじめは私に抱きつかれてる緊張があった。
が、だんだんと眠っていく。
「…………。おやすみ」
京はメンタルに負担が多いと不眠気味、とリナから聞いてる。救命天使の誇りに懸けて安眠をあげよう。
それに私は、カルの心療の師匠なんだから。
2時間後。京の意識がほぼ覚醒。
「……サラノア先生……?」
「おはよう」
お祖母様が気に入ったのなら良い子確定演出。
なでなでしてから起こして世話を焼く。
天使的に可愛い。
「さて。就職相談を受諾。気にせずせよ」
「!! ……お、お見通しでらっしゃったんですね」
「うん」
京は真面目な頑張り屋さんだとリナから聞いている。
医療職を目指すと決めた彼女。それにあたってあれこれ考え込んでいると予測。
「……志望動機が『自分の能力を活かせそうだから』ってありきたりでしょうか?」
「何言ってる。今年の消化器の新入りは『臓物に興味があります!』ってキラキラした目で熱く語った結果で配属決定」
「ええええええ」
「そいつは人を動くフィギュアくらいにしか思ってないけど、飲み込みいいし勤勉。患者ともいい関係を構築。自信を持て、京」
「あの、えっと、あの……!?」
「大丈夫。うちの病院ならお前も頑張れる。お前の志望動機は最高だ」
研修を終え、晴れて配属を決める際の面接で『生殺与奪を握りながらお金が欲しいからです』と曇りなきまなこで述べた伝説を持つ麻酔科医とか『外科手術を通して人体を勉強したいです』とほざいたヒウナとかよりよっぽどいい。
こいつは自分に自信がないだけだ。
「人を助けるのが嫌じゃないならなんだっていい。私たちは歓迎する」
「……」
「嫌か?」
「いえ。……誰かの助けになりたいです」
「なら大丈夫」
「…………ありがとうございます」
「うん」
志望動機については無問題。続いては医療学科(仮)について。
「まだ始まったばっかりで流動的だからわからないけど」
そう前置きした上で、寛光大学医療学科の目指すところについて話してみる。
「正式な医学部にしたければ大学病院的施設と教員を用意する必要もあって、これは時間がかかる」
医学部新設に関しては異種族と神秘技術の流入があったことであれこれ緩和されたけど、それでもいまはむり。
「少なくとも京のいる代では困難」
「はい」
「で。今のところできそうなことといえば」
病院というと医者と看護師ばかり思い浮かぶだろうけど、そいつら以外の職業もある。
検査技師、薬剤師とか。心理士やカウンセラーとか。
「今のところ考えてるのは化学・薬学、生物学組と連携をとって、人体と神秘を紐つける系の研究。神秘持ちやら異種族やらを医療現場でどうしたらいいかとかもあるし、私たち対応科のノウハウを活かして看護やら技師やら心理系を目指してもらうことも可能。医者に関しては、現時点では年数と設備施設が不足」
少なくとも日本で医師免許を目指すなら、という話で。
「取りたかったら、余計な年数はかかるけど他の医学部ある大学に行くか、ちょっと工夫したルートを通ってもらうことになる」
「工夫したルート……?」
「長期海外留学。のち、アリス師匠にくっついて修行」
「!」
常人なら震え上がるこの選択。しかし京の目には輝き。
「詳しくは言えないけど、やる気があるなら伝えろって師匠から伝達」
「……まずは勉強しますね」
「がんばれ」
「はい!」
「光太と遠距離恋愛?」
師匠のツテを辿るとヨーロッパ確実。
「…………。光太モテるから心配です」
「え、あいつモテるの?」
「気付いたら好きになる系男子なので……」
噛めば噛むほどなスルメ男子か。
「本人クソ鈍感そうだし、京しか眼中になさそうだから無問題?」
ぼんっと赤くなった。可愛い。
お悩み相談と説明を終えたのなら、私自身への質問タイムと予想。
「サラノア先生はどうしてお医者さんになりたいと思ったんでしょうか。教えてください」
「うむ」
普通の企業でもおーびー訪問とか大事。
その心がけ良き良き。
「私の両親と祖母とその兄。シェルさんと親交深し。その繋がりでアリス師匠と邂逅」
「ふむふむ」
「当時から赤ちゃんと妊婦さんが尊かった私。そのことと救命の治癒天使であることとを知った師匠が、医者の道に誘ってくれた」
「素敵。天職なんですね」
「ありがとう」
師匠のしごきはなかなかだったが、そのぶん技術も経験も知識も積めた。
「たくさん悩め、京。悩む時間があるうちに」
「……はい。悩みます」
「うむ。お祖母様が気にいるのもわかる」
「え……あ、ああ。あの、ハルネさん? ですよね」
どういう出会いなのか聞いてみたところ、朝イチのカウンセリング予約に待合室していた京が読書をしていたら、いつのまにか抱きしめられていたそう。ジンガナかと思って顔を上げたら別人で混乱したとか。
そして混乱につけ込んだお祖母様が京をひたすら愛でまくったのだろう。
「京さんっ。4時間ぶり!」
「ひぅわ!?」
転移出現のお祖母様が京を襲う。
「ごめんなさい、サラ。アリスさんとお話が長引いちゃって……とっても楽しかったです」
「重畳」
「お昼はまだですよね。一緒に食べましょー!」
「お祖母様。京がフリーズ」
「ちょうどいいですね!」
私のお祖母様は相変わらずずれている。
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