天使

第1話:変異少女

 もしもこの背に翼がなかったら、自分は医者になっていただろうか。

「……なに悩んでるんだ、サラ?」

 師匠が私の愛称を呼ぶ。

「教える義務ゼロ」

「可愛くない返答だな」

 そう言いながらも笑って撫でてくれる師匠が好き。

「ミズリはどうだった?」

「幼女」

「そうか。おつかれ」

 撫でられるの好き。

 あ、そうだ。

「本日お祖母様訪問」

「む? ……となれば失礼はできないな。きちんと挨拶しよう」

「よろしく依頼」

 よしよしと撫でてくれた師匠は、予約のひーちゃん&ミズリのために診察室へ。

 私は昨日の夜勤の出来事を報告書にしたためる。確か夜間救急常連なりしエクストリーム性癖ガン攻め太郎の尻がやばいことになった的な……

 太郎についてはスルー即決な私だからあんまりはっきり思い出せない。思い出したくない。

「サラちゃん、前に言ってたアンケートどうなりました?」

 眼鏡をかけたこいつはカルミア。

 アステリアさんに対して長年ヘタレだったけど、ついに結ばれて幸せ夫婦生活中。

「サラちゃんの考えは見えてるからね??」

 この覗き見野郎め。目が良すぎるのも考えものだ。

「明らかに揶揄われてたら見ちゃうよ。……はあ」

 眼鏡を外してゴーグルをかける。

「で、アンケートとは?」

「ほら、前に院長から回ってきたじゃないですか。院内環境の改善アンケートだとかいう……今回、僕が回収係なんです。できれば早めにくださいね」

「りょ」

 定期的に配られているアレか。

 書いたの1週間前だから忘れてた。

「あげる」

「ありがとう」

 受け取ったカルミアがおじぎする。こういうところ丁寧。

「ところで先程、お祖母様がいらっしゃると聞いてしまったんですが……いつ頃ですか?」

「もう来てると思う」

 夜勤明けの私を迎えに来るって言ってた。

「…………。ど、どこに?」

「知らない」

 探究心に満ちたお祖母様はきっと病院を冒険してるはず。

「……お迎えに行きましょう……」

「なんで? お祖母様は迷子じゃないよ?」

「なんでもです。行こう」

 私たちが汗水垂らして探し回るまでもなく、私と同じ金髪が目立つお祖母様をすぐに発見。

「可愛らしい。いい子いい子」

「ああああぁ……」

 異種族対応科の待合で、カルミアのカウンセリングを受けにきたと思しき京を捕獲し愛でまくっている。

「お顔を見せて? うん、可愛い。なんだかジンガナ様の気配があるけれど噂通りね。私からもあなたに加護をあげましょう」

 京はお祖母様的にストライクゾーンど真ん中だったらしく、腕と翼で包んでいる。

「お祖母様」

「久しぶり、サラ。ところでこの子可愛いですね。持ち帰りたい」

「ひわあぁ……」

「ジンガナ様ぶちぎれ案件」

 お祖母様からの無差別慈愛に耐えられるのも、ジンガナ様からの超狙撃溺愛を浴びせられてきたおかげだし。

「わかってますけど。あー、可愛い。お肌すべすべ」

 カルミアが咳払い。

「んっんん。……お久しぶりです、ハルネさん」

「あらこんにちは。カルくん元気そうですね」

「その方、こちらでカウンセリング予定でして。引き渡していただくわけには……」

「そうだったの。ごめんね、京ちゃん」

「らいじょうぶれふ……」

 解放された京はふらふらと私たちの方へ。

「……おはようございます、先生たち……」

「だ、大丈夫ですか?」

「はい……」

 顔が真っ赤だ。支えてやる。

 その間にカルミアはお祖母様と会話。

「サラちゃんをお迎えにいらっしゃったんですか?」

「はい。サラは夜勤明けだというから疲れているでしょうし、癒しの京ちゃんを捕まえてプレゼントしようと思って!」

「普通にサイコな発言を……京さんにも予定がありますからやめてさしあげてください」

「はーい」



 お祖母様に抱っこされた私は幸福に完全睡眠。

 そして目覚めた私。

 カルミアと京と目が合う私。

 ここは異種族対応科の仮眠室B。

「おはよう、可愛い孫娘」

「おはよ、お祖母様」

 お祖母様に抱っこされたままだけど、二人に向き合う。

「京さんがお話ししたいとおっしゃるので、ハルネさんに頼んで待っていてもらいました」

 そうなのか。

 私は京をじっと見て質問。

「私と距離を縮めたい。つまり友人? 医者になりたい? 看護師とか技師とかがいい? 安楽死に見せかけて人を殺したい? メスという凶器を握ってみたい?」

「後半がおかしい!!」

 カルが割り込んだ。

「志望動機が必要だと思って」

「どう考えても殺害動機ですが!? もっとこう……適性とか興味から探りましょう!」

 うるさいやつめ。

 でも仕方ないから質問を替える。

「京は血液と臓物平気?」

「……。はい。全く問題ありません」

 外科医はOK。

「ヒリつく緊張感とある種のギャンブル的アドレナリン放出は?」

「探り方!!」

 麻酔科医の確認したかったのに、またもカルミアが割り込む。相変わらず細かい弟子だ。

「サラちゃんは麻酔科医を何だと思ってるんですか……」

「サイコパス」

対応科ウチのは除いてください」

 色んな意味でスピードが求められる異種族対応科専属の麻酔医。異種族や異能・神秘持ちと手術で対峙することが多い彼女は自分の経験と知識をさしおいて直感を採用するシーンがままあるらしく、なかなかイカレている。それを当てていくのもイカレてる。

「でも京なら対応科に来る予測」

「にしたって勧誘方法に限度がありますよね。ほら、他の科の麻酔科医についてちゃんと話して!」

「真面目で患者に親身な医師」

「そう。その調子で、」

「そうしないと患者は金を渋るからとのこと」

「脳外科グループの人もダメです!!」

 なんでだ。脳外科手術軍団にほぼ専属なあいつはすごく腕いい。性格は『患者は金を落とす肉だ』って言うからお察しだけど。

 京の方を見ると、彼女は目を白黒させてなんだか驚いているようだった。

 カルも気付いて振り向く。

 こいつは人の感情を見通すけど、見なければ感じ取れない。……目に異能があるんだから当たり前か。

「……京さん」

「っは、い」

「僕は席を外します」

 何か見えたようだ。

「!! いえ、あの……」

「その方が良いと未来視しました。サラちゃん、京さんのことよろしくお願いします」

「了承。誠心誠意」

 なぜかお祖母様もカルについていったけどまあいいや。

 京と向き合う。

「よろしく」

「……よろしくお願いします!」

 いい目だ。

 なんか『ぎゃああああ!?』とかいうカルの悲鳴が聞こえたものの、私の関知するところじゃない。

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