第5話:不死鳥

 アリスちゃんに聞いてみれば、指輪は欲しいけどドレスは恥ずかしいとのこと。

 他の形で絹を送ってほしいと言われた僕は、見舞いに来てくれたシェルにアリスちゃんの好みをリサーチしていた。

「スカートってあんまり好きじゃないのかな?」

「あなたはどう思います?」

「僕が知る限りでよければスカートの確率1%以下」

「それが答えかと。ちなみに履くのは畏まった場面のみです」

「そうだよね」

 前に見たのは同棲初日にユニさんベラさん夫婦とアリスちゃんとで素敵なフレンチレストランに行ったときだけ。

「綺麗だったなあ……」

 黒に近い濃紺のドレスに、炎の宿る髪が映えていた。

「…………。初日に……? 色んな意味でアリス姉様のゆるさが心配です。姉様のこと離さないでくださいね」

「当然」

「姉様に酷いことをしたら惨殺します」

「全くブレのないトーンのまま恐ろしいこと言わないで」

 せめて『怒りますからね』とか可愛い感じにとどめて……

「俺に何を期待しているんでしょうね。……しかし、あなたの姿勢には感心します」

「?」

「他人に聞く前に、本人に服の好みや欲しいものを聞くところです」

「え。普通じゃない?」

「そうかもしれませんが……つい最近、知り合いがまどろっこしいことばかりしていたので少しあれこれと……すみません、忘れてください」

「そ、そう?」

 たぶんだけど、スペード様とハーツさんかな?

「それです」

「読むねー。……まあいいや。僕に何か用?」

 さっきからタイミングを測られている気がした。

「はい。俺からあなたに話したいことがあるんです」

「なんだい」

「アリス姉様は俺の姉様ですが、血縁上は俺の姪なんですよ」

「…………うん?」

 ということはアリスちゃんのご両親どちらかが実の兄姉で、しかしアリスちゃんは王城育ちだからアスちゃんやシェルにとってきょうだい……みたいな理論かな?

「はい。ただし、王城育ちであることを除いたとてアリス姉様は悪竜です。ナンバー持ちですよ」

「さくさく読みよる……で、それが?」

「変だと思いませんか?」

「…………」

 アリスちゃんの片親は不死鳥。つまり——死ぬはずがない。

「姉様は新生児の時期から王城育ち。両親どちらも亡くなっております。そして、姉様のお母様は父が竜で母が純然たる不死鳥です。おかしいですね。純然たる不死鳥まで亡くなられているだなんて」

「……。あー、そっか。言いたいことわかった」

 不死鳥だもんね。

 炎に包まれて生まれ変わる生命。魔術的には魂が生まれ変わる信仰の記号でもあって、生まれ変わって出てきたそれが前と同じかそれとも新たなものかはたびたび議論や解釈のズレを産んでいる。

 アリスちゃんは後者だ。

「両親は子を産み落とすときに燃え上がって灰になる。そして赤子が生まれる。不死鳥だから」

「はい」

「でも悪竜の特性をそのまま受け継いでる。不死鳥だから同じ個体ってことかな?」

「そうですね」

「キミはそれを防いでほしいと」

「はい。もちろん、あなたたちが子をもうけるのであればという話ですが」

「アリスちゃんと話し合う予定。でも、それを僕に言うってことはアリスちゃん知らないんだね」

「はい。養父が話術で記憶を封じたのだそうです」

「……話術で?」

 オーダーすらもなく?

「他の要素からその件を推測することも封じています」

「…………。とんでもないね」

 子どもの記憶や価値観は親の影響が大きいとはいえ、凄まじい技量だ。

「子どもについて現実的に考えるようになったら養父母か俺やリル姉様など、言いやすい相手に伝えてください。できる限りの協力をします。冥王がご機嫌であらせられたお礼です」

「……そっか」

 僕も嬉しい。

 そんなことを考えていると、母が病室にやってきた。シアちゃんの手を引いている。

「! ……姉様」

 挨拶をしようとしていたシェルが駆け寄る。

「あなたを探していたのよ。きちんとそばにいてあげなさいね」

「申し訳ありません。姉のこと、ありがとうございます」

「アリア、アリア。いっしょ。アリアといっしょ」

「はいはい。一緒にいます」

「んぅー」

 満面の笑みで抱きついてくるシアちゃんを支えながらも微動だにせず、シェルは母に会釈する。

「あなたの息子さんとお話しさせていただいておりました」

「話し相手になってくれたのね?」

「体調が優れぬなか相手をしていただきました。あとでお礼の品を送りますので、親子でどうぞ」

「まあ……アリアは気の利く子」

「お褒めにあずかり光栄です。……姉様、帰りましょう」

「ねむい」

「そうですね。お昼寝しましょう」

「……うん」

 双子二人で去っていく。随分と仲良くなった。

 シェルの発狂も収まっている感じで、見ているこちらも安心だ。

「あのふたり、可愛いわぁ……ミァザはみーくんりっちゃんそっくり」

「シェルは?」

「ゆっくんそっくり」

「だよね」

「! ……ジュン……」

「……今までごめん、母さん」

「いいの……あなたが立派に育ってくれて嬉しいわ」

 しみじみと嬉しい。

 これからは親孝行していきたいな。

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