巫女

第1話:船霊

 わたくしは七海の巫女。名前も死も失った魂ではございますが、子孫の体を仮宿にしてこの現代日本で暮らしております。

 子孫の紫織の同居人には、妹の美織と、原初の神であるイブキ様がおられます。いまは二人ともそれぞれの用事で出払ってございますわね。

「最近、ストーカーがおりますの」

「マジ?」

「まじですわ」

 自宅には紫織と私、そして紫織と将来結婚するまつりさんとで二人きりです。

 紫織は恋しいまつりさんに見惚れて役立たずなのですから、相談は私からさっさと切り出してしまいましょう。

「紫織は見た目だけなら物腰柔らかな黒髪清楚美少女ですもの。勘違いした猿が出たとて不思議はありません」

「ななみんさんは子孫の同級生をなんだと思ってんの」

「猿」

「あなた人間好きじゃあなかったかなー?」

「ゴミみたいに可愛くて大好きです」

「……。大変そうだね」

 哀れまずに苦笑するところ、お父様に似てらっしゃるのね。

「紫織は大丈夫? ストーカー怖くない?」

「はわっ。……怖くはないですけど、美織がいるので追い払いたいのです」

「だよねえ」

 そうなのです。

 まだ家は突き止められておりませんが。

 紫織に手出ししたとて私が対処できるから良いとして、美織に自衛は難しいところでしょう。可愛い美織に手出しされたら、わたくしどうにかなってしまいそう……

「えへー。髪染めたらいいんでしょうか?」

「ダメ」

「はわー?」

「そんな男のために女の子が髪を染めるなんて。僕も撃退に協力するから、それは最終手段にしておくれよ」

「…………」

 照れ照れする紫織。

 さっさとくっついてくれませんかしらねえ、こやつら。

「で、ストーカーは何人?」

「……鋭いですのね」

 ストーカーはなにも一人とは言ってございません。

「男性ばかりとも限りませんわ」

「んー……男より女の方が厄介そうだね」

「ですのよねー」

 紫織は見た目と表面上の物腰だけなら清楚なお嬢様に見えますもの。もう少し人のあしらいを覚えてほしいものですわね。

〔はわぁ……まつりさんかっこいい……〕

 このポンコツ娘。

「紫織から見て女の子の方はどんな人?」

「え? えーと……よく教科書やノートを忘れてくるので、見せてほしいっていう人です」

「それ以外は?」

「私が食堂に行くとついてきますね」

「紫織が学内の友達と話してる時はその人どうしてるの?」

「見てないからわかりま——こっそりそばにおりますわ」

 紫織の視界は独特で、自分が興味や愛着のある人以外すべて路傍の石扱い。どうでもいい人に話しかけられようと京さんや佳奈子さんと出会えばそんなものです。

 そのお二人や光太さんはストーカーのことを気づいている様子ですけれども。紫織本人が全く変わらないので、心配しつつも妙なことになれば対処してくださることでしょう。

「うーむぅ……紫織の様子に心配しかないよ」

 同感ですわ。

「だいじょーぶですっ」

「どこが?」

〔どこが?〕

「お二人ともひどいです!?」

 あなた頭おかしいのですもの。

 ……などとはさすがのわたくしでも言えず。

「大丈夫なんですよ。いざとなったら秘密裏に死んでもらいますから!」

 この子は根本が巫女なのですよね。下手をすれば私よりも巫女らしい。運命を操るだなんて恐ろしいことなのに、本人は失敗しないから自覚もない。

「……紫織、ダメだよ」

「?」

「キミが人を殺したら僕が悲しい」

「…………」

 ぽぽぽっと頬が熱い。照れ照れですわね。

 どう言い聞かせるか迷っていたら、まつりさんがなんとかしてくださいました。

「わ、わかりました。誰も死なせないようにしますね」

「ありがとう。頼みを聞いてくれたから、僕も本気でストーカー対策するよ」

「?」

 彼はお母様とよく似た微笑みで告げます。

「明日からの僕は、魔術学部の留学生:翰川纏理ってことで。よろしくね」

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