第5話:神々夫婦

「聞いてビオラさん。あたしは誠意をこめた反省文を書くつもりよ」

「別にいいわ」

 副学科長のビオラさんは無表情で炉の神夫婦を観察中。

「なんだかんだであのひとたち、私たちからすれば祖父母なのだもの」

 ほっとした。警戒していたあたしの背後でいきなり現れた時には覚悟したけれど、彼女が叩き出さないでくれて良かった。

「侵入するであろうことは推測してあったの。ただ、予備の炉を使うとは予想外。整備もしてなかったから」

 ここは魔術工芸科のなかでもはずれの方らしく、メインの炉がある大工房から離れて人通りも少ない。そのおかげであたしが見咎められることもなく、神さまたちは作業を始めた。

「……ねえ、シュビィ?」

 ビオラさんが振り向いた先には彼女の甥っ子さんがいる。

「始末書か反省文書こっか?」

 けろっとして言い放つ様子に小さくため息。

「反省してないのに書かれるこっちの身にもなって」

「そっかあ」

「ぁう」

 本日のシンビィさんは娘ちゃんを抱っこ紐で連れている。ダァトさんを連れて魔工に踏み込んだあたしの侵入をサポートしてくれたのは彼だ。

「残りの子たちは?」

「フローラと一緒にあーちゃんの教員室。クララだけぐずったから俺が散歩してたんだ」

 なるほど、いまいるのはクララちゃんね。……正直に言ってしまうと双子さんだから咄嗟にわからないのよね……。

「でさ。クララのサボテンにぎにぎが破れちまったから代わりを用意したいんだけど……」

 たしかに表面が破けて中のワタが出てしまっている。赤ちゃんに扱わせるには不安かも。

 ビオラさんがきょとんとする。

「サボテンつくったほうがいいの?」

「いや、木彫りとかでいい。クララをちょっとばかり見ててくれれば俺が作れるし、」

「わかったわ。針のないサボテンを作れば安心ね」

「聞いてくれ伯母さん。俺は本物のサボテンが欲しいんじゃないんだ」

 シンビィさんってツッコミできるんだ……びっくり。

「いっそ木材でいい。一時代用できればそれで、」

「こんな感じかしら」

「生命を作り上げるには早すぎるだろもっと時間かかれ」

 一部始終を見たはずなのに何が起こったのかさえわからなかった。ビオラさんの手のひらに白く丸いサボテンが出来上がって成長している。

「待ってて。いま着色する」

「だから本物じゃなくていいんだってば——」

「お、何してんの? なになにー。サボテン? サボテン作り競争!?」

「あんたはこっちくんな」

 ケテルさんがやってきてしまった。

 ティファレトさんは食器を焼き上げている真っ最中で、ストッパーにはなりえない(もちろんこちらに来たとしてもストッパーにならないだろうけど)。

 彼女も先のビオラさんと同じようにしてサボテンを作る。

「キュートなベイビーちゃん。ほらほら1分に1回は確率的な増殖と減数を繰り返しながら哲学的思索をするサボテンだよ」

「怪しい物品を手渡すんじゃねえクソ先祖。それと伯母さんもぐいぐい押してくるな!」

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 クララちゃんが大興奮している。

「ひゃあかわいい!」

「かわいい」

「あんたらそっくりだな!?」

 シンビィさんの大声はなかなか珍しい。無表情ではあるけど。彼の心の傷も少しずつ少しずつなんでしょうね。

 それにしてもあのサボテンふたつ。

 クララちゃんのために針無しで柔らかフォルムなのはいいけど、ビオラさん作の方は鉢も土も根っこもないのに健康的な色味と瑞々しさを保ってて、ケテルさん作も同じく鉢とかないのに瑞々しく増殖と減数を繰り返してる。

 なにか恐ろしい生命が誕生しているはずなのに、その点を誰一人として気に留めてないことが一番怖いのよね。

 クララちゃんはサボテンを両手に握ってご満悦。

「ぁー……☆」

「う……これ俺ん家持ち込むのか……?」

「悪さはしないよっ」

「鉢に植えてお水をあげてね」

 シンビィさんに輪をかけて無表情なビオラさんだけど、その実はクララちゃんに興奮して暴走しているみたい。

 あたしはどうしたらいいんだろう……と静観していると、パフェさんとパールさんがひょっこりやってきた。

「うわあ、やらかしてる……」

「楽しそう」

「パールは参加しちゃダメだよ? 収拾つかないから」

「わかってる。……佳奈子こんにちは」

「こ、こんにちは」

 今日もパールさんは美人。

 パフェさんも笑って手を振る。

「こんにちは、佳奈子。祖父母のことありがとうね」

「……」

「?」

「あ、ごめん。恨んだり怖がったりしてないのに安心しちゃって」

 一番に意外だったところ。

「感情自体は憐憫が近いくらいだよ。怖くないと言えば嘘だけど、恨めないし憎めない。……相手は何もわからない子どもなんだからね」

「子ども……うん、たしかに子どもね」

「でしょう。あの夫婦はボクとビオラが孫だってことも理解できてないよ。……下手すりゃ我が子のことだって、認識してても理解してないかもね」

 それは……とても悲しい。

 姪孫ちゃんにサボテンをあげて幸せそうなビオラさんがすすすとこちらにやってくる。

「私たちもあのひとたちと同じ環境にいたら同じになる。想像してみて、佳奈子。私たち全員があの二人になった日を」

「地獄絵図としか言いようがないわね……」

「でしょ」

 あの夫婦はある意味では妖精さんど真ん中ともいえるのかもしれない。無邪気で残酷なレプラコーンの性質が剥き出しなだけ。抑えになる精神性を持っていないだけ。

 でも、二人は二人なりに変わりたいと思ってるみたい。

 これからもサポートしていきたいな。

「……ん?」

 いつの間にか炉の火は穏やかなものに変わり、作業を終えたティファレトさんがやってくるところだった。

「佳奈子、これあげる」

 彼が持ってきたのは花籠のごとき陶器のボウル。デザインと品質が両立していることは触るまでもなくわかるような神の作品。

「……すごい」

 他の妖精さんも感心したようなふうでお皿を見ている。

 ケテルさんがティファレトさんに寄り添った。

「デザインわたし! 実現はティーだよ!」

「そう。すごく綺麗だわ」

「えへー」

「これにお菓子つくって盛り付けしてほしい」

「……いいけど、そのときはティファレトさんとケテルさんも一緒にね」

「「うん」」

 やっぱり無邪気で可愛い。

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