第4話:神々夫婦
そんな流れで始まった、神さま夫婦の動画配信。
最初はカメラアングルも動画の長さも編集も手探りだったけれど、夫婦の集中力を加味して、カメラを固定したまま生配信になった。
夫婦がやってくれるかだけ心配だったけど……それは杞憂だったみたい。
「神さまです!」
「神さまその2です」
「本日は、とにかく切れる包丁を作るよ!」
「よくわからないけどよく切れるものを作る予定。で、材料は近所の公園で集めた砂鉄」
「から、鉄塊を作るよ! フライパンとうじょー!」
「火をかけて魔法を一振り」
「できましたー!」
「炉に突っ込んでいきたいけどないね」
「魔法とコンロでやります! 良い子のみんなはちゃんとした炉でやろうね!」
「熱したら叩くよ」
「たのしいね!」
「お水につけて冷やすよ」
「じゅわー!」
「また熱して叩くよ。折ることも忘れずに」
「がんがんががん! 火花が散るから気をつけて!」
「何回か繰り返したところで、形もいい感じ」
「ここからは細かく叩いてこうね!」
「ほんとは普通にやりたいけど、キッチンだから魔法を使うよ」
「魔法楽しー! ものづくりって最高!」
「包丁っぽくなったね」
「焼き入れ!」
「魔法きらきら」
「研磨だ研磨だ!」
「できたね。とりあえず素振りをすぱーん」
「なんと空間が裂けましたー!」
「ポップコーンひとつぶ入れてみよう」
「あはは消えたwww」
「裂け目が大きくなってくね。これ以上開くと見慣れない人には精神的に負担がかかるかな」
「塞ぎ方わかんないけど友達に頼むから心配しないでね!」
「ではまた来週」
「見てね〜」
カメラを止めて配信も止める。今日で1ヶ月目だけど、大体はいつもこんな感じ。
明らかに普通のマンションの普通の台所でとんでもないことをしてみせるからか、色んな意味で大変なチャンネルとしてものづくりが好きな人や魔術を学ぶ人の間でにわかに話題になっている。
「シヅリんどうだった?」
「今日も良かったわ」
マネージャー兼ディレクターである彼女は週一でコウと一緒に来て、カメラの設置やその日の配信のテーマの考案をこなしてくれていた。裂け目を塞いでくれたのも彼女。
「いつか本当に炉を借りられないかしら。あなたたちのモチベーションにもなるでしょうし、あなたたちの実力も見せられるしでいいと思うのよ」
「たしかに、魔法の素人さんからは『全部魔法でやってるんだろ?』みたいな勘違いがあるみたいだね」
「魔法を一切使わないであなたたちの技術を見せることができれば文句の付けようがないもの」
神さまたちがあれこれ話し合っている隙に、ノアにジョギングのコツを伝授するコウのところへ。
「疲れてきたら、ゆっくりだらーっと脱力する感じで……おう佳奈子。どした?」
「……魔工の先生たちに、炉を使うこと、打診だけでもできないかしら」
「あー……実はもう聞いちゃってるんだけど……チャンネル登録五桁超えたら予備の炉を貸すか検討するって。いま何人?」
「6千人くらいかしら」
チャンネルの画面を見せる。
「お、けっこういってる? どうやったの」
〔魔法系と工芸系の学生や教員めがけて、人脈を辿ってチャンネルを知らせたんだ。「神がものづくりをしている」とつけたら予想以上に反響があった〕
コウが噴き出す。
「すっげー殺し文句だね」
〔普通に暮らしていれば神を見る機会などないからな。……しかし、口コミにも限界があるから、狭い界隈に知れ渡った現状で頭打ちだ〕
「そう聞くと、ここから伸ばすのはキツそうだよなー……SNS使うとか?」
〔それしかない気もするが、管理の負担が増えてしまう〕
現在は配信チャンネルのみ。しかもコメント欄は封鎖。表面上は窓口すらなし(妖精さんたちからのリクエストはパフェさんが取りまとめて教えてくれている)。
「いろんな人のリクエストももらえるようにしたら、たしかにいいかもよね」
あたしが口を挟むとノアが頷く。
〔玄人が見たいものと素人が見たいものは異なる可能性がある。視聴者の間口も広がるだろう〕
納得。
「シヅリさんはどうなの?」
「あ、シヅリさーん。いま大丈夫ですか?」
「なに?」
あれこれとありつつ。
リクエストボックスとSNSを設置することで、登録者数はまたもゆっくりと伸び始めた。神さまが『これは無理でしょ』と思うようなリクエストを平然と達成するせいもあると思う。
週に一度、目標達成のためにみんなでワイワイと話し合う。これまで部活もサークルもしてこなかったあたしにとってなかなか楽しい。
楽しいけれど……
「んー……」
「……」
神さまたちはコンロでの作業が気になるご様子。配信の日ではないけれど陶器のお皿を焼いている。シンプルで美しい花の形だ。
「どしたの?」
「ぼくたちも炉を使いたい」
「うん」
「…………。それは今すぐにってこと?」
「「うん」」
現在の登録者数は8千人強。あと一歩。でも、伸び悩み始めたいまでは何より遠い一歩。
また新しい打開策を考えるからとか誰かに相談してみるとか、そういうことを提案するのも考えたけど……リクエストを受けてモノをつくる職人仕事を始めてからというもの、二人が本格的な炉に飢えているのには薄々気づいていた。
「……待てない?」
「「待ちたくない」」
なんて素直。端端から妖精さんみを感じる。
「それが難しいとわかっても待てない?」
「「…………」」
最近の夫婦はシンクロが長い。
それだけ迷ってるのかも。
……それか苛立ってるのかも。
「炉を自分たちで作ることは……できないわよね」
少なくとも土地と建物、設備がないわけだし。ゼロから用意するとなるとおそらく難しい。
シェル先生に頼んだらできるかもしれないけど、たぶん厄介なことになる。先生は鬼と竜の縄張り意識が混ざり合う環境にあるから、同じく縄張り意識を持つ妖精さんである炉の神夫婦の件で負担をかけたくない。
こうなったら。
「大学に忍び込みましょう……」
「ふえ?」
「! ニンジャするの!? わーい、ニンジャ!」
「ティー、それは違うよ」
いろいろと脱力な神さまたちを宥め、紙に書きながら言い聞かせる。
「明後日は午前の一コマで終わるの。その間、あなたたちは大きいリュックに隠れててもらう。で、手薄になるであろう昼休みを狙って魔工に突入するわ」
「わー。楽しみ!」
気になることもきちんと聞かなくちゃ。
「……妖精さんの《認識阻害》とか《姿隠し》って、同じ妖精さんには通じる?」
「通じなーい」
「けど、リュックに工夫させてもらえるならやれる」
「ダァトさんになってることはできる?」
「やるー!」
「いいよ」
「ありがと。明日また作戦会議しましょ」
「うん!」
「おやすみー」
健康的、幼いともいえる神さま夫婦は夜9時には就寝する。寝落ちしかける二人を部屋に連れて行って、ベッドに寝かして布団をかける。
リビングに戻って丁度いいリュックを考えていると、いけないことなのにちょっとワクワクしてしまう。……今思ったけど、無許可で危険な炉を使うのって犯罪かもしれないわね……
でもいまのあたしにできることそれくらいしかない。
これ以上神様のフラストレーションを溜めちゃうと良くない気がするし。
「よく気付いたね」
「…………。いきなり出現しないで」
本日はミディンさん。
「ノアとコウたちは?」
自己紹介がてら男同士で話そうということで、男子二人と近所を散歩していたはず。
「公園に遠征しているよ。ジョギングのコツを実践するそうだ」
「そう」
ノアは案外とコウと仲が良い。足の使い方を教わってるのもあるけど、コウがあれこれ気にかけてくれてるおかげでもあると思う。
「で。フラストレーションはやっぱり溜めたらアウトなのね?」
「もちろんだとも。我が友たちの扱いは気をつけなければいけないんだ。二人を利用していた神々が滅んだ原因だからね」
「……………………。あたしの家に来てから、大丈夫、なのかしら?」
けっこう留守番させてしまっている。
「大丈夫。佳奈子がいろんな素材を置いてくれているし、佳奈子が留守の間はノアが話し相手になったりで、気遣ってくれているのは二人にもわかるからね」
優しくされると嬉しいのは神さまも一緒だよ、と付け加えた。
シェル先生やアネモネさんのアドバイスで木材や粘土などなど設置していたのは効果があったみたい。あたし自身、神さまたちが作るものが見たくて素材を選ぶのが楽しくなってる。
「たくさんお話ししてあげてね」
「うん」
そうしなきゃ滅ぼされるだからとかなんかじゃなくて、神さまたちと仲良くなりたい。心から思ってる。
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