第3話:神々夫婦

 シュリさんはコウに会釈。

「しーちゃんを連れてきてくださってありがとうございます」

「シュリさんお久しぶりです。俺とシヅリさんは今んとこ一蓮托生なんで、むしろ自分から行きましょうって言ってくれましたよ」

「……ありがとう」

 そんな話の横で、シヅリさんというらしい女性は炉の神作のケーキをじっと見て、リフィンさんと何やら話し合っている。

「やっぱり素敵な作品を作るわね。炉を使ってほしいわ」

「いまは使わせてやれないんだよね……」

「まあ……大学の方に行ったらほぼ間違いなく殺されるでしょうしね」

 あの夫婦、子孫に何かやらかしたのかしら。

 そんなことを考えていると、シヅリさんがあたしとノアを振り向いた。

「あなたたちはあの夫婦をこれからどうするつもりなの?」

「どうするって……?」

「ずっと面倒見るつもりなのかって話。……あの二人、職人の技能を除くと常識も生活力も身についてない幼児みたいなものよ。捨て猫みたいに拾ったのかは知らないけど、将来の邪魔になったりしない?」

「シェル先生に、二人にできる限りの生活能力を身につける手伝いしてほしいって言われてるの」

 彼は『俺だと二人に甘くなってしまうか二人が甘えてしまうので』と言っていた。

「でも、いざというときは面倒を見続ける覚悟よ」

 ノアと先生とアネモネさんと何度も話し合った。最終的にあたしが引き取るか先生が引き取るかはまだわからないけれど。

 もちろん二人が自立してくれたらそれもまた嬉しい。

 そんなことを伝えると、女神二柱が頷いた。

「そう……なら私たち神も頑張らなきゃね」

「そのようだ」

 コウがふと呟く。

「あのお二人のこと名前さえ知らんのですが、常識ぶっ飛びタイプですか? 普通のレプラコーンかと思ったら、ちょっと違う気もしたんで……どうでしょ? 佳奈子はどう?」

「え? えーと……」

 感覚としてはわかってる。でも口に出して説明するとなると難しい……!

「常識を認識してるけど、その上で意味を理解してなくて常識がないというか……うー……」

 リフィンさんとシヅリさんに目線で助けを求めると、シヅリさんが嘆息しつつ口を開いた。

「光太、野球のルールは知ってる?」

「え? ま、まあ簡単になら……細いとこまではわからないですけど」

「そうよね。きっとストライクとかボールとか。点数とか裏表とか。そこ辺りはわかるわよね」

「うす」

「でも、野球をやらない限り実感は持てないわよね? 臨場感も」

「……ですね」

「それと、どうしてピッチャーはロジンバッグを使うのか。タイムアウトはなんのためにあるのか……そういう細かいところだって、知識として理屈で分かってもやらなきゃわからないことってあるでしょ?」

「となると、あのご夫婦は……一般常識という競技の観客席に座ってるみたいな感じですか?」

「座って見てられたら良いのに大人しくもしてられない部外者って感じね」

「だいたいわかりました……」

 コウは悲しい状況ですねと付け加えて鎮痛な面持ち。

 あたし的には女神様が野球に詳しいことに驚きでもあったけれど、説明が上手だと思った。

「そんなわけで常識面は割と諦めたほうがいい。でも、職人として過ごさせれば比較的迷惑をかけないわ。上手く誘導してやれば作品を売って暮らせるようにもなるかも」

「あ、だから炉を使わせてあげたいって言ってたんすね!」

 あたしも納得。

 できることなら楽しく過ごしてほしいしね。

「炉ってどんな感じならいいの?」

「基本的には石・レンガ・金属のどれかで組まれたものならなんでもいいわ。区切られた炎があれば炉の神の真価は発揮できる」

「……」

 あたしが働くようになって実家のアパートを継いだ暁には神さまたちのために炉つきの小屋を建ててあげようと思っていたけど、きっとそれじゃあ遅いわよね。

「大学の方の炉は……ダメなのよね……」

「たぶん」

 しかしそこでリフィンさん——から切り替わったミディンさんがぽんと手を叩く。

「考えてみたのだけれど、いくら嫌われているとはいえ交渉の余地はあるかもしれないね」

 唐突な変身に目が点になったコウには後で説明するとして、いまは彼の発言に注目する。

「ほんとに余地あるの? 嫌われてる……らしいのに?」

「あ、嫌われてるの意味が違うね。避けられてるといった方が正しいかな」

「?」

「お子さんとお孫さん以外、直接の面識はないんだ。狂った倫理観で恐ろしい技術力を使う神とだけ伝えられているはず。そう聞いて関わり合いになりたいと思わないよね」

「……あー……間違ってない、わね……」

 人間性を鑑みなくとも危険な性質だとわかる。

「でも。あの夫婦の人格はさておき、二人とも素晴らしい技術の持ち主だよ。きっと子孫たちは見たいはず」

「……」

 ミディンさんを持ってしても人格は擁護のしようもないのね……

「そんなわけで、素晴らしい技術を邪心なく見せていけば空き時間に少し使わせてもらうことができるかもしれないし、予備の炉を使わせてくれるかも」

「それすなわちどういうことですか?」

 視線を向けられたコウが挙手する。

「動画を投稿してはどうかなって。……というわけでマネージャーを雇うよ」

 シヅリさんを指さす。

「……なんで私なわけ?」

「割と暇だよね」

「うるさい。……まあ、適当でいいならやるけど」

 あ、やってくれるんだ……意外。

「一蓮托生の光太くん。都合が合う時で良いから、週に一度バイトしてくれないかな? 報酬は弾むよ」

「シヅリさんに出してあげてくださいよ……」

「ふふ。そこは大前提さ」

「ところであの……あなた結局どなたなんでしたっけ……?」

 そういえば紹介すらしてなかった。

 ミディンさんに視線を送ると、彼はにっこりと微笑んでOKマーク。

「これは失礼。私はミディンで、さっきまではリフィンだよ」

「えーと。エルミアさんみたいな……」

「まあそんなものだね。シュリの夫だよ」

 シュリさんはノアの足のストレッチを手伝っている最中。

 コウが胸をおさえる。

「! ……っうぐ」

「大丈夫?」

「幸せな人を見ると胸がぐわっとなりまして。気にせんでください」

「ならいいか」

 スルースキルが高いミディンさんは、続いてシヅリさんに微笑む。

「アドバイスはあるかな?」

「偶然の視聴に頼らないでも確実に見てくれるであろう人を一定数確保したほうがいいわ。反応もコメントじゃなくていいからもらうべきね。……でなきゃあの夫婦、二日でやること放り出すわ」

「ふふ、早速考えてくれているね」

「引き受けたからには最高の結果が欲しいもの。全力で考えてやるわ」

 そこで、何やらスマホをぽちぽちいじっていたコウが顔を上げる。

「パフェさんに約束取り付けました。学部長と学科長、副長さんたちは確実に見て感想くれて……で、他の先生方にも伝えるけど見るのとコメントは強制しないから頑張れ……とのことですな」

「有能。褒めてあげるわ」

「あざす。……ミディンさん、連絡先伝えときますね」

「ありがとう」

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