第2話:神々夫婦

「うおー、すげー! マジですげー! 見て見て佳奈子! 神さまたち二段ケーキ焼いた!!」

 召喚したのはあたしの幼馴染。

 それぞれ人見知りしていた炉の神夫婦なんてものともせず、指定したお菓子をすんなり作らせるなんて離れ業を見せた。

「そ、そうね。まさにお菓子の家だわ……」

 ココアとクリームで彩られたケーキは上段がログハウス風で、下段がその土台に紅葉の大地を表している。質感はある程度リアルでありつつも食欲を損なわないデフォルメ具合。

 やっぱり、ものづくりの神さまが本気を出すと凄まじい。

 やる気を出させたコウも怖いくらいすごい。

「だろー!」

 我が事のように自慢してから、料理用の手袋を脱ぐ炉の神夫婦を振り向く。

「俺、お菓子の家をこの目で見るの夢だったんですよ! こんなすごいもの……しかもお菓子作りまだ2回目なんですよね!? さすがレプラコーンの元祖! ほんっとすごい! ありがとうございます!」

「……べつに、大したことじゃない」

「そうそう。コウくんならボクらが居なかろうとふつうに作れるでしょ?」

「いやいや、無理ですって! お二人の造形力とセンス、ものづくりの技術あっての作品です!」

 夫婦揃ってそっぽを向く。これは照れてるわね。

 知らないとわかりにくいと思うんだけど、コウはお構いなしで二人に感謝と賛辞の雨あられを降らせる。

「ほんとすごい。めちゃくちゃ綺麗なのにめちゃくちゃ美味しそう……これ、写真撮っていいですか? あっ、お二人も映ってください!」

「い、いいよ……」

「気にしないで」

「そうですか? 夫婦の記念写真にどうかと思ったんですけど……」

「「…………」」

 またもそっぽを向いた。

 コウは感じ取ったのか取ってないのか、二人を優しい目で見つめている。

「お二人に写真を渡したら、俺の手元から消しますよ」

「……べ、べつに……コウくんの手元に残ってもいいよ?」

「そうだね」

 ケテルさんの呟きに、ティファレトさんが頷いて同意する。

「ほんとですか? ありがとうございます!」

 わちゃわちゃと楽しそうな三人から外れて、あたしたち四人。ノアは驚きつつも感心。リフィンさんは笑いを堪えてる。シュリさんは目を見開いてた。

 呼吸を整えたリフィンさんが口を開く。

「すごいね彼。噂には聞いていたけれど、ほんとうに妖精と相性がいい」

「……《妖精に魅入られる人間》なんですって」

 未だに正確な理解はできないけど、妖精の登場する寓話で主人公になるような性質がコウにはあるらしい。

「ふふふ、納得」

 シュリさんも涙を拭いながら頷く。

「あんなに楽しそうになさっているお二人を見られるだなんて思いませんでした……」

「そうだね。嬉しいことだ。……ノアはどう?」

〔喜ばしいですよ。僕の見ていた夫婦は……楽しんではいても、明らかに幸せではありませんでしたから〕

「キミは変わらず優しいね」

 それぞれの関係とそれぞれの因縁。いろんなことがあるけれど、みんな幸せになってほしいと心から思ってる。

 コウは撮った写真を二人に見せてはしゃいでて、夫婦は照れつつ喜んでる。

「よし、ケーキ食べましょうか。ナイフで切りましょう!」

「「? なんで?」」

 疑問の瞬間にテンションがシンクロ。ああ……やっぱり。夫婦揃って手掴みしようとしてる。

 でも、コウは驚いてもすぐ笑った。

「こんなに綺麗なんだから、綺麗に食べたいじゃないですか」

 ケテルさんとティファレトさんは(平均的に)不機嫌そう。

「そんなのわかんないよ」

「早く食べたーい!」

「いやいや……お二人ともが作ったのは断面含めて美しいケーキなんですから。ちょっとだけ待ってください」

 お菓子のアイデアを出したのはコウ。その責任を果たすかのように炉の神夫婦に手本を見せたり手順を示したり、手法を提示していた。

「とにかく、まずは一刀いきます!」

 包丁で土台に切り込めば抹茶とストロベリーの見事な層がはっきりと見えた。

 ログハウスの上段はスパチュラだかケーキサーバだかを使って他の皿に移して、さくさくと切り分けていく。

「「…………」」

 夫婦が夢中になって見続けているのが答えだ。

 ログハウスの方は食パンのような形式で切っていって土台にもたれさせて盛り付け。

 入り口がついた正面と窓のある背面は夫婦の方へ差し出した。

「お待たせしました!」

「「………………………………」」

 二人ともが沈黙して、10秒。

 あたしが知る限りでは最高記録のシンクロ。

「? あの……」

「ん……な、なにか、作ってほしいものあったら、またやってあげなくもないよ? ティーもそうでしょ?」

「うん」

 こわごわとしていたコウは、一転して喜色満面に変わる。

「ほんとですか!? うわー、嬉しい! ありがとうございます! 今度俺もなんか料理作って持ってきますね。なに好きですか?」

「え」

「わからない」

「キャラメルとかどうです? 佳奈子から、神様たちがレプラコーンの元祖だって聞いて、いろいろ乳製品買ってきたんですよー。あ、ケーキに盛り付けちゃおうかな!」

 出来合いですみませんと言って出したキャラメルをレンチンしに行き、牛乳で延ばしたそれを神様二人のケーキにたらりとかけてやり、さりげなくフォークとスプーンを勧めた。

 コウからのススメであれば悪い気もしないのか素直に手に持った。

 また手本を示して、三人で食べて。炉の神夫婦がキャラメルにうっとりしているのを見て笑った。



 満腹になってお昼寝の夫婦は部屋に寝かして、コウが口を開く。

「なんかオウキさんに似てるね?」

 初手でその感想。

「やっぱあんた鋭いんだか鈍いんだかわかんないわね」

「……そう言われるたびに『結局当たってんのかな?』って迷うんだよな……」

「ごめん。当たってるの。しかもど真ん中よ」

「そっか……」

 残った面々でケーキを食べながらの会話。

「ところでその。そちらの方は……」

「あ。ごめん」

 紹介してなかった。

「こちらリフィンさん。悪竜さんたちで言うところのオリジナル、《竜神》ね」

「はー……ほんとにユニさんそっくりだとは」

「はじめまして。キミには私の妹の末裔たちがお世話になっているそうだね。ありがとう」

「は、はじめまして。……お世話になってるの俺の方ですよ」

「謙虚だね。背後の女神と大違いだ」

「……見えてます?」

「ふふふ」

 バツの悪そうな顔をしたコウの背後が陽炎みたいに揺らめいて、ひとりの女性の姿を形作る。

 青い顔で俯くその人は、翰川先生とそのお母さんに似ていた。

「…………」

「こんにちは、シヅリ。会いたかったよ。ある意味ではね」

 やっぱりこの人怖い……!

「リフィン…………ごめんなさい……」

「ふふ。私に謝ったとてどうにもならないし、少し怯んだだけで反射でそうするのは反省が足りない証拠なんじゃないかな?」

 待って待ってほんとに怖い!!

 えっとその、なんでこんなに怒ってるんだろ?

「あの……リフィンさん? どうしたの……?」

 シュリさんのお子さんたちに酷いことした炉の神さまたちには怒ってなかったのに。

「佳奈子の思い浮かべるふたりは境遇が境遇で、なおかつもう十分な罰を受けてる。対してこの女神は恵まれた環境にありながら恋に狂って周りを振り回して地獄を産んだ。怒りもするよ」

「……」

 口を出してはいけないことだとわかるから、あたしとコウはじっと待つ。

 シヅリさんは震えながら顔を上げた。

「…………。そうね。私がしたことは許されないわ。……でも、謝らなくちゃいけない」

 たとえ拒絶されたとしても、と祈るように。

「シュリ、ごめんなさい」

「わたしは良いのです、しーちゃん」

 呼びかけられたシュリさんがシヅリさんを抱きしめにいく。

「古き友とまた会えて嬉しい」

「…………。ごめんね、大好きよ……」

「謝るのならパフェくんたちに」

「うん」

 抱き合って想いを通わせる二人。確かな友情がそこにあるのだと感じる。

 リフィンさんは苦笑しつつも微笑ましく見守っていて、さっきの気迫が演技だったのかとさえ思う。

 あたしの思考を読み取ったリフィンさんが教えてくれた。

「シュリは彼女を罰しない。……私の身勝手ではあるけれど、そんなシュリと彼女の親愛を利用したあの女神には少しくらい痛い目を見てもらいたくて」

「……。リフィンさんって意外と……」

 人間臭いようなところがあるのね。

 その言葉は飲み込んだ。

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