座敷童
第1話:神々夫婦
ノアとの二人暮らしに神さま夫婦が追加された新しい日常は、意外にも快適に進んでる。
「佳奈子、鍵たくさん作ったよ!」
あたし宅の家鍵(電子カード式)を笑顔で量産しているのがケテルさん。
「元のやつ壊したから返すね」
何の悪気もなく破壊行為を吐露するのがティファレトさん。
テンションこそ真逆だけれど、無邪気に残酷な非常識さがそっくりなオシドリ夫婦。いつも仲良しでいろんなことを楽しんでいるところ、あたしも見習っていきたいと思ってる。
とりあえず、いま言うべきことはたったひとつ。
「二人ともベランダで正座しててくれる?」
日課のジョギングから帰宅したノアは、ダイニングテーブルに並ぶ大量の鍵を見て眉間に僅かなしわを寄せた。
〔……炉の神夫婦は?〕
「ベランダよ。……ノア、鍵全部消し去るとかできる?」
〔いちおう〕
ベランダで紅茶を飲む夫婦に呆れつつ、虹色の火花でテーブル上を覆う。カードキーが火花に溶けていくさまは不思議で綺麗。
「ありがと」
〔どういたしまして〕
会釈しあったところで、ノアが困ったふうに呟く。
〔鍵を持たせない方がいいと思うが〕
「だって……ずっと留守番させるのも可哀想かなって。ほら、ミディンさんとリフィンさんが『保護者がいないとお出かけできないから安心してね』って言ったじゃない?」
言った通り、その二人はたびたび炉の神夫婦を連れ出している。たまにお二人のお父さんお母さんも連れ出してくれているのだとか。
「神さま達だから鍵なんて関係ないけど、この家の一員として鍵を持ってて欲しいの」
〔そうか。たしかに鍵の所持は意味があると思う。……だが、あの二人は問題が多過ぎる〕
「……うん……」
鍵の役割や重要性を理解していながら、理解しているのに、単なる好奇心と思いつきだけで全てを放り捨ててしまう。鍵以外を渡そうとも同じだった。
あの神さまたちは食器さえ使うことができない。
あたしたちも観察したし、子どもの心と発達の専門家である教授さんとかお医者さんとかにも相談した結果。本人の問題というよりも周囲がわざと常識から遠ざけていたのではないかとのこと。
ベランダから連れ戻したティファレトさんとケテルさん。
旦那さんのティファレトさんはぶすくれていて、奥さんのケテルさんは無表情。アンバランスでぴったりな夫婦。
「わざとじゃないんだけど?」
「逆ギレしないでね」
「わたしたちは悪くない」
「そうかもね。楽しかった?」
「「……」」
この虚脱はどこから来る感情でなされるのだろう。
シュークリームを渡してやると黙々と食べる。こういうところ、とっても妖精さんらしいと思うのよね。
しばらくノアと二人で見守っていたけれど、インターホンが鳴って離れた。
玄関で来客を出迎える。
「お邪魔するよ」
「お邪魔いたします」
リフィンさんとその奥さんのシュリさん。予定通りの来訪ね。
「いらっしゃい、二人とも」
「うん。キミたちと我が友にお土産だよ」
「わ、ありがとう」
〔ありがとうございます〕
リビングまで招き入れる。
「元気にしていたかな、我が友」
「うん。シュークリーム美味しいの」
「やっほー、りっちゃん!」
「ふふ、良かった」
続いてシュリさんが深々と頭を下げる。
「お久しぶりです、ケテルさま、ティファレトさま」
「久しぶり。シュリちゃん今日も可愛いねっ☆」
「っ……うう。お世辞を仰らないでください」
「お世辞じゃないよ」
「うんうん!」
頬を染めてリフィンさんの袖を掴むシュリさんは、夫婦の言う通り可愛らしい。
優美に微笑み、リフィンさんは妻の頬に口付けた。
かあっと耳まで赤くなる伴侶を愛おしげに見つめる。
「ふふ。……我が友たちと積もる話もあるだろう。佳奈子、シュリと炉の神のためにお部屋を借りていいかな?」
「夫婦のお部屋でいいなら」
「ではそうすべきだね」
頷いた夫婦がシュリさんとともに部屋へ消える。
詳しい事情はわからないけれど、きっとあれこれ因縁があるのよね。
ノアから紅茶を受け取りつつ、リフィンさんが微笑む。
「仲良しだから大丈夫。シュリも二人のことはよくわかってるよ」
「そ、そうなんだ。良かったぁ」
「そうそう。ということで、あのふたりのことを話そうか」
「……うん」
三人でテーブルに着いた。
あたしはシェル先生からもらった『飼育法』の冊子を出しておく。
「おやおや懐かしい。私の妹が書いたものがいまも受け継がれているとは感動してしまうね」
「!?」
〔キュレア様ですね?〕
知らない名前。
ノアが教えてくれて曰く、魔法竜の初代国王で、ユニさんの直系の先祖なのだとか……ちょっと会ってみたいな。
「うん、キュレアだよ。あの子は面倒見がいいからね。……和訳されているし、アップデートもあるみたいだからそれそのものではないけれど。いやあ懐かしい」
くすくすと笑いながらページを捲るリフィンさんに質問。
「……炉の神さまたちに、あたしが知るまともな妖精さんの水準くらいの常識を伝えてあげたいんだけど……できると思う?」
「だいぶ無理だね」
「う、ばっさり……」
わかってたけど。
理由を聞いてみる。
「あの二人は特に理屈もなく物理法則も魔術の法則も無視したものを作り上げる一方、法則に従って何かを作動させることもお手の物。それでいて倫理は吹っ飛んでるから、興味を向けさせられればなんでも作ってもらえる……どれほど悪用されたかは想像できるよね。常識なんて理解させない方が都合がいいことも」
リフィンさんはいつも通り朗らかなのに、明らかに憤っている。器用な人。
〔……止められなかったのですね〕
「炉と《家》から引き剥がせないのさ。いまは宙ぶらりんだけれど、私がオーダーをかけているから無理やり契約させられるなんてことにはならないよ」
「……悲しいわね」
〔そうだな。レプラコーンたちは常識を理解した上で飛び越えるし、他者の行動を推測して悪用することができる〕
恐ろしいながらに納得できる。人の思考と行動を読み切るオウキさんなんて、その最たるものだったしね。
〔あの夫婦はそもそも何も知らない。人を疑うことも苦手だろう。同じように、言葉の裏を読むのも苦手〕
「だから疑いもなくとんでもないもの作って渡したりできちゃう?」
〔そうらしい。……〕
「ノア……」
ノアの背をさする。
……彼ら悪竜さんたちも、炉の神さまたちによる手が加わっているのだとか。
リフィンさんがため息をつく。
「ミディンを模すなど無茶をさせるよね」
「え? リフィンさんもじゃないの?」
彼女はミディンさんという男神さまと裏表。本来別々に生まれ出るはずだった二人が、一つの存在に同居しているだかなんだか……よくわからないけど、そういうことなら二人とも同じことができるんだと思ってた。
「ああ、それも間違いじゃないんだよ。ミディンができることは私もできるし、逆も然り。記憶も感情も共有してる」
「? なのに違うの?」
「私とミディンは魂一つで同居していようと別人なんだ。私は宇宙を焼き焦がして塗り潰してリセットできるし意思を持つ相手は確実に存在抹消できるから、いわゆる最悪なタイプの破壊神だね」
「…………」
「ミディンは私の正反対で何をも生かしむる創造神。同居してるから互いの性質を引き出し合っていられるだけなんだよ」
初めて知った。このひと割とヤバい神さまだ。
「私とミディンはコインの裏表。ミディンを再現すれば私の特性も浮き上がる……のだけれど。それに気付いてない悪竜シリーズとやらは構想から甘いな」
都合良くいかないものだよね、と苦笑した。
ノアは完全に脱力してる。
〔……あなたと呼応した父、ならびに父を模したきょうだいが不安定なのも頷けます〕
「ごめんよ」
〔いえ、あなたに責を問いたいのでは……なくて〕
「ノアは優しい子だね。……っと」
炉の神夫婦とシュリさんがリビングへやってくる。
「お待たせいたしました、りっちゃん」
「お帰り。二人と話せたみたいだね」
「はい」
夫婦はそれぞれにシュリさんの手をさすり、最近の定位置となったソファに二人で腰掛けた。こうして見てれば、なんとも妖精さんらしくて可愛いのにな。
本日の相談は他ならぬ二人のこと。
「……あたしとノアも頑張ったんだけど、神さまたち、スプーン上手く使えないの」
もちろん何かの道具として使えば誰よりも上手く扱える。でも、それで食事をとらせようとした途端に『訳わかんない』と泣いて投げ出してしまう——ということをリフィンさんとシュリさんに伝える。
「炉の神のお二人は栄養や日々の営みとして食事を摂る必要があらせられなかったそうですから……ミルクを与えられて満足してしまうのです。カトラリーを要する食べ物は慣れておられないのだと思います」
「私も同感。……興味が持てない作業をさせられるのは妖精の気質にとって一番のストレス。それもあって投げ出しちゃうんだろうね」
分析力が高い二人の見識は、神さま夫婦を観察してきたあたしたちにも納得がいった。
視線を向けられた夫婦、ケテルさんはぶすくれて、ティファレトさんは無表情だけど不機嫌。
「だってあんなのつまんない」
「困ったね。応援するから頑張ろう?」
……なんだか、リフィンさんの有無を言わさずゴリ押ししていく手腕……ユニさんと似てる気がする。
でも、ケテルさんとティファレトさんにスパルタしても反発するばかりだろうし、可哀想だし! あたしとノアも夫婦には楽しく過ごしてほしいと思ってる。無理やり押し付ることなく、楽しく常識を学んでくれるような方法を模索したい。……それがたとえ茨の道であっても。
その旨を伝えると、シュリさんが蕾が開くように微笑んだ。
「お優しいのですね、佳奈子さん。ケテルさまもティファレトさまもあなたの慈愛と勇敢さに感謝しておられましたよ」
「え、じ、慈愛ってそんな……大層なものじゃ……」
ふふふと溢れる笑声も気品に満ちる。
「お二人はわたしにとっても大切な友人です。りっちゃんとみーくんと一緒にお手伝いさせてください」
「……ありがとう……」
差し出された手を握ったところで、ノアと何やら話していたリフィンさんがあたしを見る。
? まさか嫉妬じゃないわよね……
「握手くらいで嫉妬なんかしないよ」
「あっさり読まないで」
「ごめんごめん。……ノアと話してて浮かんだ質問なのだけどね?」
「?」
「炉の神に常識を伝えるために必要な人材を思いついたんだ」
「!」
彼女は困った風情で言い放つ。
「だれか[ささやかな進歩でもめちゃくちゃに褒めてくれて]、[厄介な性質を持った人物を相手にも笑顔で根気よく接してくれる]ような人がいたらいいんだけど……そんなひと、知り合いにいるかな?」
「……」
一人、心当たりがあった。
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