第5話:手伝い妖精
フォリアから告白されて五日後。私は再びの非番を得て弟の家を訪ねていた。
パヴィを抱っこさせてもらいながらここ最近の流れを話すと、アリアは淡々とした調子を崩さずに聞いた。
「姉様としてはどうなんです? 俺の見る限り、悪い感触ではないと思っていたんですが」
「……あ、あんまりわからない……」
「わかりました」
こう見えて的確に恋愛相談をこなす弟なので、私は赤裸々にあれこれ話していた。
フォリアが美味しいご飯とお弁当を作ってくれることや、ショッピングに出かけると話があって楽しいことなど伝えていると、膝上のパヴィが私を見上げた。
「伯母上、フォリアのこと好きなんだ」
「ま、まだわからないっ」
「面倒くさいね」
「っっっ」
ショックだ。
「そんなことを言ってはいけませんよ、パヴィ。たとえ事実であろうとも相手を傷つける発言はよろしくありません」
「愚弟貴様……!」
弟とその愛娘は相変わらずさらっと鬼畜だ。
「さておき、姉様はどうなさるのです? 告白された後でもフォリアはあなたの世話を焼き、ともに生活していたんですよね。何か思うところはなかったんですか?」
「……一緒にいると安心したり、胸が高鳴ったりした」
「じゃあ返事をしてはいかがです」
「…………」
「真面目な姉様。愚弟から進言させていただきます」
柔い苦笑で、私の心を解き放す。
「付き合ってみて合わないようなら別れる。これは不誠実な行いではなく、大切なプロセスでもあります。結婚となれば互いの人生を預けるようなものですから、相性と気持ちを確かめることは重要でしょう?」
わかる。
「嫌でないのなら、あなたを愛して尽くすフォリアのことを考えて差し上げてください」
「うん」
アリアが『紅茶を足しますね』とテーブルを立つ。
私はパヴィの頬を撫でる。
「んぅ。伯母上すき」
「私も好きだよ」
「フォリアはねー、お父さんとリル伯母上に、伯母上のこと幸せにするって言ってたよ」
「なぜ」
いつどこでどんな流れでその宣言に至ったんだ。
「お父さんは『姉様に言ってください』って」
それはそうだ。
というか……できればその場面を見たかった。
「俺とリル姉に力説してきただけなので、別段良いエピソードでもありませんよ。そもそもあんなセリフ、アリス姉様相手に言わないでなんとするのですか」
「なんと言ったんだ?」
「本人から聞いてください」
「羞恥プレイだ……」
アリアは私とパヴィのグラスにアイスティーを注いでいく。
「して、ほかに御用は?」
「私の下着を分析してほしい」
「……。何が悲しくて姉の下着を観察しなきゃならないんですか」
「フォリアの手作りなんだ。いろいろと多機能なのだそうだが、私にはわからん。彼が私のためにしてくれたことを知りたいしお礼も言いたい」
「…………」
眉間に深くしわを刻んでいた弟だったが、やがて諦めたように『見せてください』と手を出した。
パヴィがとてとてとアリアの方へ移動する。
持ってきた紙袋から下着上下のセットを弟に渡す。
「……しかし、手作りとは思えない出来栄えですね」
「うん」
私が衣服に無頓着なところもあるのだが、気付けなかった。
弟は細かな刺繍をじっと見て呟く。
「魔法陣の簡略化と小型化は魔術学会でも活発な分野ですが……さすが冥界の職人。物資を無駄にしない手法に強いですね」
学会で発表してほしいです。と付け加えるのが弟らしい。
パヴィはショーツの方をじっと見ている。
「まほうじん? ……にしては小さくて綺麗だね」
姪の言う通り、下着を彩る刺繍はデザインとして昇華されており、魔法陣だとさえわからなかった。
「糸の染め方で記号と意味を持たせて、その組み合わせで効果を発揮させているのでしょう。頭の中で糸がどう組み合うのかわかっていなければできない芸当です」
「すごい」
「すごいですね。……姉様にお返しします」
「うむ」
返却された下着を紙袋に戻す。
「温泉に入っていかれませんか? 今日はルーシェ姉様がお越しになられていますよ」
「ならばお言葉に甘えさせてもらおう」
「わたしも温泉はいる!」
「うん。パヴィも一緒に行こうね」
アリアはリビングにやってきた奥方を呼び止める。
「アネモネ。姉様に合うサイズの着替えを見繕ってもらえませんか?」
「あら、お義姉さん来てらしたのね。待ってて」
虚空を開き、スウェットやバスローブを出していく。
「お好きなものをどうぞ」
「ではスウェットで。ありがとう」
「いえいえ、ゆっくりなさってください。娘をよろしく」
「うん」
パヴィを連れて、庭に建つ和風旅館へ向かう。
「温泉っ」
珍しくテンションが高い姪っ子。
なんとも愛おしい。
「久しぶりなのか?」
「ううん、家族でよく入るよ」
私を見上げて微笑む。
「今日は伯母上と一緒だから嬉しいの」
「嬉しいことを言ってくれる」
「それにね、伯母上は温泉はじめてだから、楽しんでほしいの」
「ありがとう、優しいパヴィ。おまえの兄が掘ったという温泉、じっくり楽しむよ」
ほわぁと笑うパヴィを抱き上げ、旅館の扉を開けた。
「キスしたい」
「さっきもしたでしょ。ていうかアリスちゃんとパヴィちゃんが、」
「キスしてくれないといやだ」
ルピナスとルピネがいちゃついていた。
「ごゆっくり」
パヴィに見せぬよう出て行く私をルピナスが呼び止める。
「アリスちゃん待って!! ルピネちゃんは酔ってるだけだから!」
「んぅー……ルピナス好き」
「う、嬉しいけどいまはだめだよ……!」
ルピナスはルピネを魔術で眠らせ、ソファに横たわらせる。
「ほら、入って大丈夫!」
「……では」
「伯母上、過保護」
「そういう問題ではないよ」
場が落ち着いたところで旅館の管理人に挨拶する。
ロビーと呼ぶべきこの場所の奥、マリアンヌと同じ種族の女性が笑っている。
彼女は戦闘型オートマタ:カトレイナ。
「お久しぶり、アリスお嬢様。遊びに来てくださって嬉しいな」
「うん。世話になる」
「マリアンヌから聞いたけど付き合ってない男性に下着を用意させるの良くないと思うよ」
「いま言わなくていいだろう!?」
そこを擦られるとは思っていなかったから慌ててしまう。
「だってねえ……
「もー! マリアンヌは悪くないんだからそういうこと言うな!! 恋愛なんて教えられて聞かなかったのは私なんだからな!!」
「はいはい」
くすりと笑い、タブレットを差し出してくる。
「ほら、お名前入れてくださいな。一応記録しているの」
「……むう」
昔から、面倒を見てくれている人たちには敵わない。
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