第4話:手伝い妖精
翌朝は非番。
フォリアが私の下着を買い、洗っていると聞いたマリアンヌがフォリアと言い争っていた。
「だから! なぜ! 付き合っていないのにお嬢様の下着をあれこれなさっておられるのです!? 下着コーナーにお嬢様を連れて行って羞恥プレイでもなさったの!? 下心ありありですわよね!」
「はぁ〜〜〜〜!? 心外ですぅー!! アリスちゃんの下着はぜんぶ僕の手作りなんですけどー!?」
…………それは初耳だな。
「外側へと汗を吸着! のち速乾! それでいて通気性とフィット感を追求した自信作ですぅー! そもそも僕はアリスちゃんに恋してる以前にアリスちゃんのファンなんですよ!? 働くアリスちゃんに意識させない快適な下着を提供すること以外なんっっにも考えてません——!!」
「くっ……変態性と職人気質が融合していますのね……!! しかし、このマリアンヌも負けておりません! お洋服に無頓着なお嬢様の服は、わたくしが作った最高級品質のものとすり替えてございますわ!」
これも初耳だ。
「さすがはマリアンヌさん。気付かれずによくぞ……!!」
眺める私としては『こいつら何やってるんだ』という感想しか浮かばない。いや、もちろん気遣ってあれこれしてくれるのは大変にありがたいが……なんというか、どちらも私にバレないようにやっていると知って、どう反応していいのかわからないくらい私は混乱している。
ぼーっとしつつも二人の分を含めてトーストを焼く。乳製品好きなフォリアのために、バターはたっぷりと。
ジャムや付け合わせを用意していると、インターホンが鳴らされた。
この現実から逃げたくて玄関へ向かう。
「はーい……」
感覚の通り、そこにいるのはルピナスとリナリアだ。
「アリスちゃんおはよ」
「おはよー」
フォリアとそっくりなルピナスと、カルミアとそっくりなリナリア。二人を見ていると親しみが湧いてくる。
「朝っぱらからごめんよ。……昨晩にアスちゃんからフォリアがいるって聞いて、いてもたってもいられなくなったんだ」
「そうか」
きっとフォリアに会いたかったんだな。
「……。アリスって変なところでユニとそっくりだよな」
「なっ……いきなり心を読むな」
「それお前が言うの」
リナリアは《瞳》の異能を抜きにしても予知ができるほど勘が鋭い。
「サンドイッチとスクランブルエッグつくってきた。朝食か昼食に食べてくれ」
「ありがとう、食べるところだったんだ」
玄関からリビングまでの道中、リナリアの様子を観察する。彼の容姿はトレードマークの夕焼け髪とルビーの瞳。どうやら《瞳》と《猛毒》の異能どちらも安定したらしい。頭痛や目の痛みもいまは無さそうだ。
「ステラはどうしてる?」
「今日はルピネとユーフォと一緒に大学。いま送ってきたとこなんだ」
「そうか」
先頭のルピナスはリビングに到達するなり熱弁を振るう兄を蹴り倒した。
「ぐえ。……い、いきなり何するんだ、ルピィ!?」
「私のセリフだよ!! もー……アリスちゃんどころかマリアンヌさんにまで迷惑かけて! 何してんのさ! 人様のおうちで言い争うな!!」
「違っ……その。アリスちゃんの下着について話したかっただけなんだ!!」
「あんたはマジで何を叫んでやがるの!?」
兄姉のやりとりを聞くリナリアは、カルミアとよく似た『なんだか面倒なことになってるなあ』と言わんばかりの顔をしている。違うのはカルミアが苦笑を、リナリアが呆れを多分に含んでいることか。
「……アリス」
「なんだ?」
「まだ話があんま分かってないんだが……兄さんは無理矢理押しかけたのか?」
「え」
「ぬらりひょんのぬらりパワーで侵入して、レプラコーンの性質で住み着いたってんなら、マジで引き剥がしにかかってくれてもいいし俺らも協力するけど」
ぬらりパワーとは斬新な名称だ。
「心配いらない。フォリアには私からハウスキーパーを頼み、家に居てもらっている」
「付き合ってんの?」
「……付き合っていない」
「…………」
リナリアが『こいつ何言ってんだ』と思っているのがありありとわかる。
しかし、私自身も昨日ようやく気付いたことなのだ。フォリアに申し訳なくて仕方がない。まだ彼に話を切り出せてもいない。
「こういうこと俺が言うのもどうかと思うけどさ」
そう前置きしてから、手荷物をテーブルに置く。
「兄さんはアリスのことほんとに好きだよ。あの気質だからあんたに尽くして心から幸せだろうけど……悪く思ってないなら考えてやってほしいな」
「……うん」
とっくに焼けていたトーストを取り出す。
朝食の準備を始めたところで、マリアンヌが私にこう言った。
「お嬢様。フォリアさんとのお付き合い、わたくしは応援いたしますから」
「んぇっ?」
「それだけです。……王と王妃にも報告いたしますわね。では、わたくしはこれで」
「待て。なぜ行こうとする!?」
「だって、わたくしがいては……」
「マリアンヌならいつだって来ていいし、いつまででもいてほしい。というか、お前がいてくれないと嫌だ!」
「…………お嬢様……」
父様母様とも違って、フォリアともまた違って、マリアンヌは私の最も大切な人の一人だ。何を考えているのかまだ知らないが、私がマリアンヌをぞんざいにすることなどあり得ない。
「……心配をかけたのは謝る。ごめんなさい、マリー」
「…………。わたくしの方こそ大人げなくてごめんなさい」
マリアンヌを抱き寄せて引き止める。
兄妹喧嘩の落ち着いたフォリアとルピナスも、肩で息しながら立ち上がるところだった。
ルピナスが私へ手を振る。
「?」
「アリスちゃん、どこかお部屋貸してもらっていい?」
「フォリアの部屋はどうだ?」
「兄さんったら部屋までもらってるの……うん、お邪魔します。みなさんは朝食を食べててくださいな」
「姉ちゃん、サンドイッチ分けるから兄さんと食べろ」
「ありがと」
私とマリアンヌとリナリアとで食卓を囲む。こうしてみるとなかなかに珍しい面子だ。
「リナリアさん、目の調子はいかがです?」
「おかげさまで落ち着いてるよ。ステラのこともありがとう」
「奥様にはわたくしたちの方がお世話になっておりますもの。困ったことがあればいつでも相談してくださいませね」
「ありがとう。でも、ステラなんかしてるの?」
その点については私から。
「実は、縮む前のオウキが残していった技術を解析してもらっているんだ」
寛光大学と啓明病院それぞれのアトリエから、ルピナスやサラノアなどの手で発掘されたのは、彼の専門である《生命錬成》を活かしたアイディアスケッチ。
アーカイブの研究が進んだ今でさえも、それらは天才的な直感と職人技術から生み出されたオーバーテクノロジーでしかない。様々な専門家と話し合っても後世まで眠らせるほかないのかと結論付けかけたが、ステラが見て即座に理解を示したのだ。
「お前の奥方、色んな意味で凄まじいぞ」
「へ、へー……どうりでいつも楽しそうなのか。……俺にわかるかわからんけど、今度聞いてみる」
「うん。……スクランブルエッグ美味いな」
しっとりとした大粒で食べ応えがあるそれにはバジルとチーズが混ざっており、独特の風味を生み出している。
「ですわね。サラダとも合います」
「お、良かった。近所のレストランで教えてもらったんだ」
リナリアは案外と顔が広い。
「……友人の手伝いバイトもいいが、仕事は大丈夫なのか?」
以前こいつは取引先への報せもなく仕事の連絡を断ち切っていた。
「大丈夫。復帰直後は死ぬかと思うくらい忙しかったけどな」
「自業自得だ」
「わかってるよ……もうしない」
あれこれと話していると、ルピナスとフォリアが部屋から出てきた。
私たちは各々で声をかけようとして、しかし、フォリアの真剣な表情を見てやめにする。
彼は私を見ている。
「…………」
向き合って視線を受け止めた。
「……アリスちゃん」
「なんだ」
「返事はいまじゃなくていいので、聞いてください」
「……うん」
その言葉で続きがわかった。……続きを聞きたいと思った。
「僕はあなたが好きです。付き合ってください」
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