第3話:手伝い妖精
「フォリアさん。お嬢様のことはどう思っていらっしゃるの?」
「結婚を前提にお付き合いをしたいと——本気で思ってますが、難しいところがありますので一人のファンとして応援できればと思います」
「なぜ方向転換なさいますの!? 本気なら本気、結婚を申し込めばよろしいのではありませんの!?」
「いえその……うう……」
マリアンヌがフォリアを拘束している隙に、私は夕飯をつくる。
いつも世話になっているフォリアと、生まれた時から見守ってくれるマリアンヌの二人に恩返しできるチャンスだ。二人とも手が空いていると手伝ってくれるが、今回こそは私一人でやりとげた料理を食べてもらうのだ。
「条件があるんです……」
「何の条件ですか」
「結婚と、子どものことで」
「子ども!? ま、ままままさかフォリアさん、お嬢様が無防備なのを良いことに、」
「してません!! そんな汚い真似したら清らかなアリスちゃんが汚れてしまうでしょう!?」
「良い心がけですわ!」
……しかしこいつら、なんて恥ずかしいことを本人の目の前で叫ぶんだ。内容の是非はともかく、いい加減に近所迷惑かな。
オーダーで結界を張っておく。これで外へ音は漏れない。ヨシ。
「アリスちゃんの花嫁姿はどれほど綺麗なんだろうと思いますし、アリスちゃんの子どもなんてこの世の奇跡なレベルで可愛いんだから見たいです……でも、僕とでは釣り合わないし……条件がありますし……」
「メソメソなさらないで。……条件とはなんですの」
「それは……」
バターとチーズの焼ける香りがして、オーブンからパイ包みのグラタンを取り出す。サラダもライスも準備できたから、あとはテーブルセッティングをすればいい。
転移でマットや食器を並べていき、料理を持って二人のテーブルへと移動する。
「まあ、お嬢様。言ってくだされば……」
「いいんだ。今日は二人へのお礼がしたい」
「……! ……お嬢様っ……」
「泣くな泣くな」
「ありがどう、アリスちゃん……!」
「お前も泣くな……」
揃って号泣する二人にタオルを放る。
それぞれが感情を整えたところで、いただきますの音頭を取る。
「……うん、美味しい」
「ほんとに。料理上手になられて……マリアンヌは嬉しゅうございます」
「良かった」
喜んでもらえると嬉しい。
あらかた食べ終えてアイスを配ったところで、私はかねてから気になっていたことをフォリアに質問した。
「料理しつつ話を聞いていたんだが……お前のいう《条件》とはなんなんだ?」
フォリアは死して冥界の住人となった身。一応生者の範疇である私とは交際するにも結婚するにも制限があると聞いたが、いまいち予想がつかない。
「えと……その。失礼なことかもしれないんだ」
「いいから言え」
「……」
彼は躊躇いがちに答える。
「アリスちゃんに半分死んでもらう……つまり、魂の半分を冥界に保存することになるんです」
「? ……」
「そんなの……そんなの僕が耐えられない!! アリスちゃんが死ぬなんて! 想像しただけで死にそうなんです……!!」
先程のタオルで顔を覆うフォリアに、マリアンヌが『本当にお嬢様のことを愛しておられるのね……』と感動している。
まあそこはいい。
追及を重ねる。
「私は不死鳥なんだが」
「……へ?」
「そもそも死なない上、保存もできないと思うんだが……そこはどうなる」
「………………………………」
「?」
目の前で手を振ったりつついたりしてみるが、反応がない。
フォリアはそれからしばらく固まったままだった。
マリアンヌと二人がかりでフォリアを風呂に押し込み、私は彼の育ての母である女神に自室で電話をかける。繋がるか不安だったが、幸いにも3コールで出てくれた。
『もしもし、アリスさん?』
「はい、アリスです。いきなりお電話おかけしてすみません」
『ふふふ。いいのよいいのよ。ジュンのことでしょう?』
お見通しのようだ。
「……はい」
『ジュンからも聞いてるけれど、アリスさんに大変お世話になってるのね。ありがとう』
「いっ、いえ! 私の方こそ、息子さんに家事をしていただいて助かっております!」
『ふふ……今日のご用はなあに?』
「それが……」
単刀直入に、今日の会話の流れとフォリアの様子を伝えると、彼女はんふふっと吹き出した。
『もう……あの子ったらほんと素直ね』
「?」
『あなたへの恋を達観してるつもりなのに、あなたと結婚できないって思ったら呆然……って感じかしら』
そういうことだったのか。
……純粋な好意を向けられると、気恥ずかしい。
「となれば私が聞いてしまったのも無神経でしたね……」
『うーん。言おうか迷ってたのだけれどね?』
「なんでしょう?」
『冥界の住人が生きた人と結婚するには、確かに条件があるわ。逆説的にはペルセポネのように』
「ああ、
『そう』
冥界等、現世と違う世界の住人となるための儀式。食べた者がそうさせられるルールなのでなく、なるためのルールでもあるらしい。
『でもあなた不死鳥なのでしょう?』
「まあ……そうですね」
不死鳥の記号は《不変》。そもそも私は冥界に渡れない。
フォリアや冥王には申し訳ないが、医者としてこちらでやることもある。
『だからべつに、そんなことしなくたって結婚すればいいわ』
うふふと笑う声に、想像を超えて私の顔が熱くなった。
「あ、あの……」
『なあに?』
「まだ、付き合っておりません……」
『……。同棲してるのに?』
返す言葉もなかった。
しどろもどろになりながらも挨拶して電話を切り、ベッドに体を投げ出す。
何をやっているんだ私は。
よくよく考えたら、リル姉様とアリアに同棲を反対されたのもわかるというもの。フォリアの好意を知りながら向き合いもせずにいる。
とても失礼なこと。
思い至らないなどどうかしていた。
……いや。本当に、思い至ってなかったのか?
彼をこの家に招くまで。家事と留守を頼んで世話をされていた今日のたった今まで。ただの一度も?
「……………………」
わからない。
私が一番分からないのは自分だ。
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