第2話:手伝い妖精

 昨夜にそんなことがありつつ、今日もフォリア作の弁当を持って病院に出勤する。いつも通り一番乗りかと思っていたが、弟子のカルミアが換気しているところだった。

「あ、師匠。おはようございます!」

「おはよう」

「旅行のお土産をおかせてもらいましたので、好きに食べてくださいね」

「ありがとう。新婚旅行は楽しかったか?」

 昨日のリル姉様も幸せそうだった。

「はい、とても。リフレッシュさせていただきましたから、今日からまた働きますね」

「よろしく頼む」

 まずはカルミアが居なかった間の情報を共用する。心療のカウンセリング予約や、数日前に入院した患者にレントゲン等が使えなかったことなど伝え、続いて知り合いの話へ。

「ミァザは順調だ。お腹の子もすくすく成長している」

「シアさんの栄養状態もいいですね。ローザライマ家に滞在してるなら安心です」

「うん。それと、ひーちゃんの妊娠がわかったので検診の予定を入れている。タイミングが合ったら様子を見て声をかけてやってほしい」

「! わかりました。なんだかベビーラッシュでめでたいですね」

 ほっこりとするカルミアに私もほっこりする。

「そうなんだ。サラが日々大興奮しているよ」

「サラちゃんはジャンルが違う気がするんですよ」

「あいつは妊婦と乳幼児が大好きなだけだから安全だ」

「見るたび挙動不審になるのは安全ですかね……?」

 診察や手術の際には誰より冷静な救命天使だし、子どもを身籠る母親とその子どもは清いものという信念に基づき、ハアハアしつつ特に手出ししないところがサラノアの良いところ。

「うーん、まあいいか……」

「お前の方は子どもの予定あるのか? その暁にはサラノアが興奮するが」

「ほしいと思ってますよ。でも、少しずつです」

「安心した」

 今となってはリル姉様の心の傷を誰より知るのはカルミアだ。

 準備をしているところに弟のヒウナが出勤してくる。

「はよーっす。二人とも早いねー」

「おはよう、ヒウナさん。お土産あるのでお好きに」

「お、ありがと。昼のデザートに食べるわ」

 ヒウナを皮切りに、異種族対応科メンバーが集まり始めた。

 今日も医師として頑張ろう。



 異種族の患者が怪力でベッドを破壊したり、電波受信系の患者が来たりとあれこれあったが、大体はいつも通りのことだった。

 現在は昼休憩。控室で弁当を広げていると、優秀な助手にして乳母のマリアンヌがやってくる。

「お嬢様、お昼ご一緒しませんこと?」

「……」

 私をお嬢様と呼ぶマリアンヌだが、物腰含めてお嬢様らしいのは彼女の方だと思う。

「? どうかなさいまして?」

「なんでもない。一緒に食べよう」

「はい!」

 一緒に食べると言っても、お互いいつ呼び出しがかかるかわからない。ほとんど無駄口は叩かず黙々と食す。

 本日の弁当はごま塩ごはんと各種おかず。私の好みを取り入れつつも、食べやすく栄養バランスの考えられた構成だ。

 生姜焼きを口に入れたところで、マリアンヌが私を見ているのに気付いた。

「……なんだ?」

「いえね? お嬢様が最近、おうちに帰って休まれるようになって……お弁当まで作るようになったものですから、嬉しくって」

 あー……いつも病院で寝泊まりして食事も院内のコンビニ食ばかりだから……心配をかけてしまったな。

 しかし、これからは大丈夫だと伝えなければ。

「今まですまない。ハウスキーパーとしてフォリアを雇ったから安心してくれ」

「まあ! ……言ってくださったらわたくしもしますのに」

「お前には世話をかけてばかりだからな。自分の経済力で賄っている」

「働く大人の解決法ですわね」

「そうだ。いまも家にフォリアがいてくれている」

「ふふ、そうですのね。おうちに、フォリアさんが」

「うむ」

「ふふふふ」

 マリアンヌは食べかけのサンドイッチを紙皿に置き、叫んだ。

「お嬢様なぜわたくしを差し置いてどこぞの馬の骨をぉ@@*=|$$$%#</////-:!!!!!!」

「いきなりバグるな!!」

 機械音が鳴り響き、マリアンヌの皮膚表面に発光するスリットが走る。

「こんな、こんな……男性への警戒心ゼロのふわふわちゃんに育ててしまっただなんて!! ああぁ……我が王と王妃になんと言えば……というか! わたくしを差し置いてフォリアさんに頼むのはどうなってるんですの!?」

「泣くのか嫉妬するのかどっちかにしてくれ……」

 泣き崩れながら激怒するマリアンヌは器用だ。

「ま、まさか宿泊させているのではありませんわよね……!? 朝から夕方からまでの家事を頼んでいるだけですわよね!」

「? いや、自宅の一室を提供して寝泊まりを、」

「きゃあああ!! なんてゆるふわなさっておられるの!!」

「誰がゆるふわだ」

「だって! フォリアさんがお嬢様のこと好いておられるのは誰でもわかるくらいなのに! お部屋に住まわせるだなんて…………え? 実はもう結婚を前提としたお付き合いを?」

 いきなり冷静になって問うてくる。

「別にいいだろう。フォリアは私に指一本触れてこないぞ」

「ううぅ……変に鈍くて性善説なところは王、無謀なほど豪快に他者を信頼するところは王妃……二人の妙なところを受け継いでおられるお嬢様……!」

「けっこう傷つくからやめろ」

「もうっ! 今日は王妃がお越しになるのですから、頼んでお説教してもらいますからね! 世話役としてわたくしもお説教を受けます!」

 むう……今夜はフォリアとデパートをぶらつく予定があるのだが、こうなると母様を連れて家まで押しかけてきそうだ。

 考え込んでいる間に、母様と妖精二人の気配が院内なわばりに入り込んだ感覚をキャッチする。

 迷いなく私たちのいる場所へやってきて、ひょこりと顔を出す。

「やっほー。クリス連れてきたよ!」

 クリスは腕に抱き、背中にはアルミエをくっつけている。

「いらっしゃい、母様。アルミエとクリスも元気かな?」

「元気だよー」

「げんき!」

「うん、良いことだ。第二診察室でカルが待機してるから診てもらっておいで」

「はーい。クリス、行こ?」

「いく」

 それぞれ母様から降りて、手を繋いで行った。なんて愛くるしいのだろう、私の姉たち。

「王妃、王妃! 聞いてくださいっ。お嬢様が男性と同棲なされて……!」

「あら。フォリアかな? ふふ、フォリアったら大胆」

「違うのです王妃!! 付き合っていない男性と同棲するのはよくないと思うのです!! わたくしが、殿方とのあれこれを教えなかったから……!」

「もー、マリアンヌのせいじゃないでしょ? アリスったら学問以外なんにも興味がなくって……頑張り屋さんで可愛いよね」

「王妃?」

「そうだ! フォリアにも挨拶して、お礼しなくちゃ!」

「王妃ー!?」

 姉の可愛さに浸っていたら育て親の話が進んでしまっていた。

 ……まあいいか。

 食べ終えた弁当を片付け、私は午後の勤務へ向かった。



 交通事故での搬送。健康状態が要注意な新生児の急変。常連と化した変態の救急などいろいろあったが、いつもと比べれば余裕のある日だと感じた。

 夜勤組への引き継ぎも終え、マリアンヌを連れて病院を出る。

「お嬢様のおうちに泊まらせていただきます……」

「わかったから……というか、仕事中に囁かないでくれ」

 サブリミナルでも狙っていたのか? そもそもマリアンヌならいつだって来ていいのに。

 駐車場に出たところで、ベンチに座っていたフォリアが手を振った。

「アリスちゃん、お疲れさま!」

「ん。ありがとう」

 最近、フォリアは仕事帰りに車で迎えに来てくれるようになった。

 マリアンヌがいることに気付いて笑みを見せる。

「……そちらがマリアンヌさんかな? はじめまして!」

「はじめましてですわ。……」

「えーと……」

「フォリア、今日からマリアンヌが泊まるからよろしく頼む」

「あ、うん。おもてなしさせてもらうね」

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