少年は神秘の夢を見られるかUA

金田ミヤキ

Vol. 17

不死鳥

第1話:手伝い妖精

 私ことアリス・ヴィアレーグとしてはハウスキーパーを雇ったつもりだった。

 もともと病院に詰めてばかりで、自宅と呼べるマンションの一室にはほとんど帰らない生活をしている私。しかしながら仕事で充実しているし、私自身が体力無尽蔵の不死鳥であることもあって、これで十分に満足な生活だ。

 ……なのに育て親たちから小言を言われてしまう。『きちんとおうちに帰って休みなさい』だとか、『お部屋片付けに行ってもいいから』とか、子供扱いも良いところだ。

 なので。

 この部屋をフォリアの滞在場所として貸すついでに、私では手が回らない部屋の手入れをしてもらおうと思った。

 提案してみれば彼は大いに喜び、私の好きなチキンステーキを焼いてくれたのだった。

 冥界においては賓客をもてなす執事役をも任されるフォリア。その手腕はまさに見事なもの。

 仕事以外に興味のない私に代わって家中を磨き上げたのみならず、私好みのインテリアを探ってコーディネートしたり、私の嗜好を探り当てて栄養バランスを取りつつも口に合う食事を作ったりと、軽い気持ちで頼んだ雇用に反して大いに活躍してくれたのだった。

 できる限り病院に入り浸っていた私でさえ、家に居心地の良さを感じて帰宅するようになったくらいに。



   ***



「……今となっては私の衣食住全てが快適に保たれている始末だ」

 悩みを吐露した相手であるリル姉様とアリアが、それぞれに首を傾げた。

「流れ、はしょった?」

「こんなにチョロかったんですか」

「うるさい黙れ黙れー!!」

 私は断じてチョロくなんてない!!

 アリアは膝上で眠るパヴィを撫でつつ、心底『面倒臭い』と思っているのが伝わる表情で私を諌める。

「とりあえず、付き合ってもいない男女で同棲するのは良くないと思いますよ」

「断じて同棲ではない。雇用主がハウスキーパーに寝床を提供しているだけだ!」

 フォリアにはリビングから程近く日当たりのいい一室を進呈した。放っておくとベランダで寝ようとするからこその苦肉の策。人体工学に基づいて開発された寝具類を二人で買いに行ってお互い使っている。

 そう話すと、姉様はおろおろと心配そうに私を見つめる。

「警戒心強いはずなのに距離感がヘン……まさかフォリアくんに下着も洗ってもらってるの?」

「ふん、下着はフォリアに選ばせた。心配するようなことは一切発生していないぞ」

「…………」

 リル姉の目が点になったすぐ横で、アリアが信じられないものを見る顔をした。

「姉様って稀にバカみたいなこと言いますね」

「誰がバカだ。まさか私をそんな目で見ているのか貴様?」

「いえあの……あー……もうこれ最後まで押し切られるんだろうな……」

「?」

 アリアはたまに訳のわからんことを言う。

 膝上で寝ていたパヴィを撫でる。

 まあいいだろう。可愛い弟の失敗は姉として許してやらねば。

 さて、あとは姉様を安心させるだけだ。

「お姉ちゃんは心配だよ。あーちゃんも言ってたけど、交際関係にない男の人に心を許すなんて危険ですっ」

「あまり言いたくないが、カルと姉様だって同じだったろう……それに、下着など見られて困るものではない」

「…………」

 姉様にまで『この子は何を言ってるの?』と言いたげな目をさせてしまった。なぜだ。

「心配いらないよ、姉様。フォリアが洗う私の下着は全てフォリアが選んだものだ。ならば見せて問題はないだろう?」

「……ちがうの……ワタシが言いたいのはちがうことなの……」

「わかってるさ。いくら雇い主とはいえフォリアに任せきりにしてないで家事もやれという話だろう? 次の休みにはフォリアと日用品の買い出しに行ってから一緒に家事する約束もしているよ」

「どう考えてもデート! のち家庭内共同作業! だよ!」

 大声を出す姉様は珍しい。かわいいな。

「ほっこりしないで!」

「姉様が生き生きしていると嬉しい」

「……変なところばっかりお父様に似てる……」

 泣かれてしまった。色とりどりの金銀財宝に変わる涙にアリアがタオルを手渡す。

「うっうっ……あーちゃん……アリスちゃんは、医学キめ過ぎておかしくなっちゃったのかなぁ……!?」

「学問以外のフィールドでは何もかも疎いだけではないかと思いますが……たしかに不安ですね」

「愚弟貴様おぼえてろよ」

 アリアはそんなこと気にも止めず、目覚めてぐずりだしたパヴィを愛でる。

「……んぅ……」

「ゆっくりしていなさい」

 血の通った笑みを見せるようになった弟は私にとって喜ばしい。娘を慈しんで抱き直す仕草も。

「姉様、微笑んでいる場合ですか?」

「お前をみて微笑んだわけじゃないんだからな」

「また訳の分からないことを」

 お前にだけは言われたくないぞ弟。

「フォリアと私はなんでもない。雇用主と従業員だ」

「……あのですね……フォリアは一度死んで冥王に拾われたことで、性質が変化しているんですよ。こちらの世界では少し不安定に、」

「心身危険な状態でこちらの世界にやってきたのか? 私を頼ったのもなんらかのSOSかもしれない。問診をすべきだったな。こうしてはいられない。フォリアに話しに行く」

「最後まで落ち着いてください姉様。不安定とはいえ冥界全域を縄張りにしていますからいざという時は戻れば基本安全ですし、こちらに来てあなたに取り憑いたのはあなたが好きという衝動のみです」

「? ……」

 好きと表現されるとむず痒い。

「変質したフォリアの性質は、こちらの世界では拡大解釈の方のぬらりひょんに近いのです」

「確か家に入り込んで追い出せなくなってしまうんだったな」

「それです」

「つまり、フォリアがそれだと言うのだな?」

「はい」

「それはおかしい」

 おかしいのは姉様ですよと生意気を言うアリア。

 しかし、フォリアとの関係にはなんの問題もないはずなんだ。

「いまも私の頼んだ食材や肌着を買い出しに行っているのにか……?」

「付き合ってない男の人に買わせちゃだめっ!」

「何が問題なんだ……」

 姉様とアリアの言うことがわからなくて困惑する。こんなことは滅多にない。

 パヴィはふと顔を上げて背後を見る。

 フォリアがリビングのドアを開けたのだ。

「やー、ただいま! ……って、みなさんお揃いでしたか。いらっしゃい」

「お帰り」

「お邪魔して、ます」

「娘とお邪魔してます」

「おじゃましてます」

「こんにちは、パヴィちゃん」

 それぞれの挨拶を受け、フォリアは相貌を柔い笑みに緩めた。……警戒心がなくて和やかな部分が彼の父とはちがうところだと感じる。

「やー、こんなにたくさんお客さん来てるなら、もうちょっと食材買っておくべきだったねえ。みなさんお夕飯はまだですよね? 少しばかり待っててくださいな」

「手伝う、よ?」

「リルさんはお気遣いなく。どうかアリスちゃんの話し相手になって差し上げてください」

「うん」

 姉様が抱きついて私の背中はソファに沈む。弟の手によってパヴィも投下され、なかなか贅沢だ。

「伯母上、フォリアさん飼ってるの?」

「飼っ……!? 違うぞ。雇い雇われる関係だ」

「……」

 パヴィはフォリアを見上げる。

「? なあに、パヴィちゃん」

「伯母上のことすき?」

「うん! ……あ」

 無邪気な応答の直後、かあっと赤くなった。なんだこれは。恥ずかしいぞ。私まで恥ずかしい。

 私の顔を見たフォリアが慌て始める。

「あのっ、その、ご、ごめんよ。……いまのは、その……気にしないで!」

 台所に逃げ込んだところで、パヴィとアリアが首を傾げた。

「伯母上、顔赤いねー」

「チョロいですよね」

「私はチョロくないもん……!」

 少し胸が締め付けられただけだ!

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