引き運少年

第1話:ベイビー

 新学期も始まって少し経ったある休日の朝。

 目覚めてリビングに向かったところ、神様が集まっていた。

「…………」

 面々は六人。

 まずは敬愛する恩師の翰川先生。

「おはようだぞ!」

「おはざす!」

 続いてそのお母さんのユヅリさん。

「お邪魔してるわ」

「ゆっくりしてってください」

 そしてユヅリさんの弟であり翰川先生の旦那さんのミズリさん。

「おはよう、光太。久しぶりだね」

「お久です」

 次に、以前お会いしたマヅルさん。

「押しかけてしまってすまぬな」

「いえ。……いらっしゃい」

 残る二人は、ミズリさんと同じルビーの髪の女性とユヅリさんとよく似た女神様。

 俺に取り憑く彼女は女性に抱きついて泣き声を押し殺していた。

「…………」

 女性がマヅルさんの奥さんで、三兄弟のお母さんであることは聞かなくともわかった。ふわりと微笑む表情がミズリさんと同じだ。

「えーと」

 続いて、以前よりもすっきりとした表情の神さまに向き合う。

「マヅルさん」

「うむ」

「良かったです。来てくださってありがとう」

「そなたのおかげなのだから、礼を言うのは私だ。ありがとう」

「何にもしてないですよ。……何もできてないです」

 シヅリさんには助けてもらってばかりだ。そんな彼女がお母さんに甘える姿には俺ももらい泣きしそうになる。

 ふと振り向くとミズリさんがサンドイッチのボックスを差し出していた。

「いきなりごめんよ。朝ごはんまだだよね?」

「気にしないでください。朝起きたら誰かいるの慣れてるんで!」

 いまも俺の家に住み着く悪竜さん達が連れ込んだ知らない悪竜さんが天井にぶら下がっているし、シンビィさんが置いていった柴犬のような生き物が和室の畳を星空に染め上げている。つまりはいつものこと。

 ミズリさんはそれらを見渡してにっこり微笑んだ。

「慣れないほうがいいと思うよ」

「…………。うす」



 みんなで食卓を囲む。

 ミズリさん宅からサンドイッチとサラダを持ってきてくださったとのことで、まずはチキンとレタスのサンドをいただく。

「お、柚子の香り……美味しいっす!」

 パリッと焼いた鶏皮から柚子の風味が香る。自分ではあまり使わない食材だから新鮮だ。

 それを聞いた翰川先生が微笑む。

「嬉しいな。柚子はお腹の赤ちゃんの好物なんだよ」

「へー!」

 翰川先生いわく、妊娠中には特定の食べ物が食べたくなる体質なのだそう。

「……ってことは、赤ちゃんもみんなと一緒にご飯ですね」

「うん」

 妊娠中の彼女は愛おしそうにお腹を撫でる。

 尊くて目を細めていると、ミズリさんが麦茶を注いでくれていた。

「京ちゃんは?」

「麦茶あざす。昨日からジンガナさんと一緒に紫織ちゃんとこにお泊まりしてますよ」

 同棲する恋人は母代わりの人を得て日々明るく過ごしている。

「そっか。お土産持ってきたから、帰ってきたら光太から渡してね」

「はい。きっと喜びます」

 俺たちの会話の側で、シヅリさんはマヅルさんに話しかけていた。

「……お父様、あとでお話ししてください」

「うむ」

「ごめんなさい……」

「……謝らずとも良い」

「ひう」

「…………。……」

「シヅリ、マヅルくんは緊張してるだけ。怒ってないから大丈夫だよ」

 マヅルさんはとても無表情な人なのだが、リフユさんは容易く汲み取ってシヅリさんに通訳している。

「ほらほら、マヅルくん。笑って安心させてあげなきゃ」

「笑っている」

「笑えてないよ?」

「…………、私がいてはシヅリが安らげぬな。席を外そう」

「もー……そうじゃないってば! ほら、隣座る!」

「……」

 隣にいたマヅルさんをシヅリさんの隣へ押し込む。

 彼はごくわずかに微笑み、泣き出すシヅリさんを撫でた。

「……息災であったか?」

「うん……!」

「そうか」

 その笑みはなんともぎこちないが、眼差しには確かな暖かみがあった。

 ふと、俺の観察に気づいたリフユさんが『しーっ』と人差し指を立てる。……失礼をして申し訳ない。

 苦笑した彼女が教えてくれる。

「マヅルくんは表情筋が衰えてるから顔があんまり変わらないの」

「……」

 なんと痛ましい状態か。

「あ、大丈夫だよ。最近は表情のトレーニングさせてるの」

「……良かったです」

「心配してくれてありがとね。……ん?」

 和室にいた柴犬がいつの間にやら寄ってきていた。

 俺の足にすりつく。

「おー。餌食べたかー?」

 餌は和室に置いてある。

「わぅ」

「お客さん来てるから良い子にな」

「わん」

 お座りしたところで、翰川先生がわくわくしながら話を振ってくる。

「この柴犬ちゃんは何者なんだ?」

「ある日シンビィさんが『あげる』ってくれました」

「兄がごめんなさい」

「あっ、いや、大丈夫ですよ!? 今となっては家族というか……!」

 京と暮らし始めてすぐにやってきたから、いろんな場面で助けられた。俺とは違った意味で、俺にはできない方法・タイミングで京に寄り添ってくれるし、散歩に連れて行けばへっへっへっへっと呼吸する姿もまた愛くるしいのだ。

 現在、ご飯を食べ終えたリフユさんに撫でられ恍惚としている。

「そうか……お名前はなんて言うのかな?」

「シバ子です。シンビィさん命名」

「良い名前だな!」

「……。そっすかね……?」

 気に入っていないわけでは全くない。今となってはシバ子だとしか思えないくらいだが……ぶっちゃけストレートなようで絶妙な感じの名付けだとは思う。

「そうだとも。お兄ちゃんは飼い猫にミケミケと名付けていてな? 似合って可愛いんだ」

 さすがのネーミングだ……と感心する先生。

「そ、そっすね」

 曖昧に頷くと、ミズリさんがこそっと耳打ち。

「ひぞれは猫にポチって名付けてるから気にしないで」

「…………。ご兄妹、似てるんですね」

「うん……セファルもモモンガになまりぶしってつけてるしね」

 なぜ。

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