3.dispel
第11話:窓の向こうは喜劇
ある雨の日。
炉の神夫婦を竜神に託した僕たちは唐突な客人を迎えていた。
「……なんであたしの家で大集合?」
智咲が不満を表明するが、言った相手が悪い。
「えへへへ、お邪魔しまーす!」
ミズリとよく似た女性が大きく手を振る。
「お邪魔いたしておりますわ」
ハルネは変わらずマイペース。
一人だけ申し訳なさそうなひぞれ殿が眉尻を下げる。
「すまない……ハルネに行き先を任せたらこんなことに……」
「雨が降ってきたのですもの。ひぞれにもしものことがあってはいけませんわ」
「気遣いはありがたいんだが、なにも団欒中の佳奈子の家に転移する必要はなかったと思うよ。僕の家で良かった」
「佳奈子さんにも会いたかったのでちょうどいいと思って」
「うん、ごめんハルネ。少し黙っててもらっていいかな?」
「? はい」
ひぞれ殿は佳奈子と僕のそばまでやってきて、ハルネと女性のことを紹介する。
「ミズリに似た方は僕の娘のひまり」
「あ、やっぱり? ていうか昨日あたしをナンパしてきた人……?」
「うんその……ほんとにごめん。ノアもごめんね」
〔大丈夫〕
昨日は動揺したが、ミズリとひぞれ殿に子どもがいるとは聞いていたから、正体を聞いて安心した。
「ほら、ひまり。自己紹介だよ」
「うん。翰川緋鞠です! よろしくね」
「よろしく……」
「あれれ? 警戒されてる」
「するに決まっているだろう……」
呆れつつ、続いて隣の天使に手を向ける。
「で、こちらが」
「天使のハルネと申します! ノアさんとは久しぶりで、佳奈子さんとははじめましてですね」
智咲は僕の後ろに隠れつつ、こっそりと様子を窺う。
「はじめまして……」
「あら、人見知りさん」
「……サラノア先生に似てる……」
「サラは孫娘です」
「! ……」
僕の隣に回ってきて、少しだけ距離が縮んだ。ハルネがくすくす笑っている。
「佳奈子さんのこと、私、いろいろ知ってるんですよ?」
「ふぇ!? なんで?」
「大親友のシェルがあなたのことを可愛い可愛いと自慢しておりました」
「そ、そうなの……」
恩師の友人だと知ってさらに距離が縮む。
……楽しんでるな、ハルネ。
その間、僕はひまり殿とひぞれ殿の話相手をする。
「ノアさん、昨日はごめんね」
〔……ミズリがひぞれ殿以外の人物に興味を持ったのかと驚いただけだよ〕
「え。お父さんってノアさんにまでそんな印象なの?」
〔いや。……〕
かつて僕について未来視をしてもらえないかと、両親経由で引き合わせてもらったミズリ。当時はひぞれ殿と出会っていない頃で、人に誠実である一方で何もかもがどうでもいいと言わんばかりの達観ぶりを見せていた。
それがいま、奥方を通じて我が子や友人たちを慈しむようにまでなったとは……
「? ノアさん、どうかした?」
〔申し訳ない。……とにかく、はじめまして〕
「うん。はじめましてだよ!」
〔あなたは《変幻》できるのだな〕
「そだよー。種族判定は違うけどね」
気配で納得した。
「……《変幻》って、ユングィスさんたちの性転換のこと?」
智咲が問うと、ひぞれ殿が手を振る。
「いや。《変幻》というのは姿形を変える変身であって、性別だけではないよ。ユングィスは年齢と性別の二軸で変化ができるのだ」
「? ってことは……性別変えずに見た目の年齢だけって変化もできるの?」
「鋭いな。器用な人だと年齢はある程度自由だそうだよ」
ひまり殿が腕を組む。
「ま、私が変えられるのは性別の軸だけ。お兄ちゃんは年齢の軸で変えられる。お父さんの《変幻》を分け合った感じかな」
「へー……」
「あれ。意外とリアクション薄い?」
「オウキさんで見たのと、妖魔族のひと知ってるのと」
「おおお。ガチの変幻種族だー。……その人はともかくオウキが意外」
「佳奈子が強く優しい女の子だからだよ」
「納得」
智咲が真っ赤になって、また僕の後ろへ。身長差を大いに利用されているのが恥ずかしくも嬉しい。
「あたしも変えられたらいいのにな」
それはとても小さな呟きだったが、僕の耳は容易く拾う。
彼女だけへのチャンネルで問いかける。
〔なにを変える?〕
「っ……も、もうちょっと背を高くしたい……ってだけ」
〔……〕
これは。これは……なんらかの女心というものの発露だろうか。僕が手出ししてはいけない領域のような気がする……
オープンチャンネルに変えてひぞれ殿へ呼びかける。
「どうした?」
〔佳奈子が少し悩んでいるそうなので、相談に乗ってもらえればと〕
「わかったよ」
これで一安心。
邪魔をしても悪いから、部屋に——
「ノアもこっち来て!」
「っ」
驚いて振り向くと、智咲が袖を引いた。
「一緒に相談乗ってよ」
〔わ、わかった〕
頷けばふにゃりと笑う。
……ずるいくらいに可愛い。
「らぶらぶですね」
〔無言で距離を詰めないでくれ……〕
「ふふ」
ハルネの頭上に、金から彫られてできたような天使の輪が浮かぶ。その背にはガラスに似た白の翼。天使として完全復活を果たしている。
「佳奈子さんのお悩み、私も何か手伝いやご助言ができるやもしれません。どうか話し合いに加わらせてくださいな」
「おお! キミがいれば百人力だな!」
「嬉しい評価ですわね。佳奈子さん、いいですか?」
「うん。お願いします」
相談に乗るとは言ったものの。僕では大した助けにはならない上、女性3人に混ざるのは場違いなように思えて気が引けた。
代わりに書記を務め、客人が去ったいまは智咲に書き留めた情報を見せている。
「……規則正しい睡眠と、栄養……遺伝……座敷童……」
真剣に読む様子が微笑ましい。
「うー……遺伝と座敷童はどうにもならないとして。栄養は大丈夫で……睡眠かぁ……」
〔智咲は夜更かし気味だものな〕
「ノア、試しにあたしを抱きしめて寝てみてほしいの」
〔だっ……ダメだ〕
色んな意味で。
彼女が学生である限り、清い交際を心がけていきたい。
「うー……せめて子守唄」
〔この状態で歌もなにも……難しいな。すまない〕
声ではなく思念を伝えているのでテキストデータを送信しているのに近い。脳の働きや神秘の機構を分析すれば詳しいことがわかるかもしれないが、わかったとて歌声にはできないだろう。
「…………」
智咲の目が僕の首を捉えている。
「……触ってもいい?」
〔かまわないが……〕
触ってどうするのだろう。
不思議に思い眺めていると、彼女はふっと笑って、僕の喉に触れた。
「……!」
触れ方だけで愛は伝わる。京が智咲との会話でこぼしていたこの言葉を改めて実感した。
「ノアの声、すごく好き」
いまは出せない。
「あなたがあたしを呼んでくれた事実だけで生きてられる。……気にしないでいいのよ。後ろめたくなんてない」
「…………」
「頭のてっぺんから足の先まで全部好き。優しくって、冷静な性格も大好きよ」
「……」
智咲は、まわりをよくみている。
人の心の動きにも聡い。
彼女の何倍も長く生きている僕はどちらも上手くできないままだ。
せめてなにか報いたくて、強張った自分の唇をこじ開ける。
「ぃ……ぁ、き」
「……」
「…………」
あまりに拙い発音。
すぐさまやってくる喉の灼熱と羞恥のせいで、のぼせてしまいそうだった。
智咲の顔が見られない。
「……ノア、」
〔すまない。忘れてくれ〕
宝石を砕いて痛みを和らげる。
部屋に篭るつもりで転移を構えた。——が、智咲のオーダーに乱されてキャンセル。
彼女は満面の笑みで僕に抱きつく。
痛みが消え去る。
とても不思議な座敷童の特性は今日も凄まじい。神秘の強度自体は僕の方が強いはずなのに、智咲のオーダーは滑らかに張り巡らされて物事を操っていく。
「また呼んでくれた……!」
「 ……」
「大好き」
「っ、ぅ……」
返事さえうまくできないのが嫌だった。
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