第3話:不死鳥

 借りたお部屋でルピィと二人、ソファに並んで座る。

「「…………」」

 双子だからなのかな。ルピィと至近距離にいるととてもリラックスできる。それはルピィも同じらしくって、しばらくのんびりしていた。

 もらってきたココアと和菓子をつまむ。

「ルピネちゃんはどうしてるの?」

「フランスに出張。美術の人らで集まりがあるらしくて、ローザライマ家から代表で出てるよ」

「ほえー……ってことはルネサンス系?」

「うん」

 フランスには美術と数学、そして魔術の距離が近い時代の流れを汲む結社がいくつかある。数学と神話と魔術の大家であるローザライマなら参加して申し分ないだろう。

「ルピィは参加しなかったの?」

「いやー、父さんならまだしも私は経験値足らないよ」

「そっかなー」

「特にヨーロッパの美術組なんか、コネか実績か家名がなきゃムリ」

「そういうもん?」

「そういうもんだね」

 まあ確かに、美術の流れを汲むなら王侯貴族とそこに連なるお抱え芸術家が深く関わるだろうしね。どれか一つくらいは飛び抜けてなきゃダメか。

 ってことは父さんは実績で一点突破してたのかな? ヴァラセピスの名前はいろんな意味で出しにくいだろうし。

 恐ろしいひとだ。

「フォリアはこっちで仕事あるの?」

「ないよ」

 5年の休暇で親孝行しようとこちらに来た。いまの状況は想定と違っているけれど、家族で過ごせるのはとても幸せなこと。

「……っても、アリスちゃんに養われてる現状……僕もアルバイトくらいはどこかですべきかなあ」

「…………」

「?」

「フォリアがなんにもしてないなら養われてるんだろうけど、家事労働してるじゃん」

「……うーん……」

「もっかい言うけど、彼女は尽くされて終わりの人じゃない。むしろ人に気を配る人。そこ考えとかないとアリスちゃんの息が詰まっちゃうよ」

 なんてことだ。僕のせいでアリスちゃんがのびのび生活できないかもしれないなんて……!!

「改善する! なんでもいい、僕にできる改善案を挙げて」

「お、おお。えーと……まあ、お付き合いしてるんだし、ハグしてみたら? あのご夫婦に育てられたなら好きでしょ」

「? けっこうしてる……」

 ルピィがちっちっと指を振る。

「どうせフォリアのことだから『お茶淹れるね』とか言って無粋に中断してるだろ? アリスちゃんの可愛さにヘタレちゃったりしてさ」

 ぐふっ。的確。

「寝る前に、何も言わずしばらく抱き合ってみ」

「や、やってみるよ……」

 良い香りがするアリスちゃんを前に正気を保てるかどうか……

「あとは……まあ、自分の体質を相談してみたり?」

「それだけはダメだよ!!」

「うわ、びっくりした」

 アリスちゃんは周りの人ほとんどが幼稚園児に見える世界で暮らしているようなもの。今でこそ折り合いをつけているけど、今でさえ辛い時もあると本人から聞いている。

「だって、アリスちゃん、バカが嫌いなんだよ……? あんなの見せたら、ぜったい嫌われる……」

「……アレはバカってより妖精ど真ん中の大暴走って感じじゃない? 後先考えないやつ」

「考えなしってとどのつまりバカだよぉ……」

「つーか! どんなやつがバカに入るのかはアリスちゃんにしかわからんから泥沼! よってパス!!」

 なんて力強い判断なんだ。

 頼もしいけれども、アリスちゃんに聞くの怖いなあ……

「で、先方。フォリアの体質は知ってるの?」

「うん」

「……じゃあ同棲決めた時点で織り込み済みでしょうよ……」

 うううう……実際にガッツリ見せたことないから不安しかない。

「こういうのもなんだけど、うちの父さんに惚れる時点で心配いらないんじゃないのかね」

「……。真意は?」

「ん?」

「父さんは僕よりずっと頭が良くて大人なはず」

 あのシェルを相手取って不足なしの天才であるにも関わらず、それをひけらかすことなく周りの人のため使う。職人技能もレプラコーンでトップランクの父さんを尊敬している……と伝えてみると、ルピィがなんとも言えない顔をした。

「……いや……一側面から見れば正しいけどさあ……」

「?」

「おまえってば父さんを美化しすぎ……あのひと大概イカレてたよ」

「え?」

 兄さんは知らないだろうけど、と前置きした上で話し出す。

「本気で自殺したがるせいでとんでもない自傷癖持ってたし、大人しく病院で検査受けたと思えばありとあらゆる手段で結果を誤魔化すし、私とカル相手でもすぐ体調悪化隠すしで。そういうとこだけ切り取ったらアリスちゃんが惚れる要素ゼロ。むしろ毛嫌いされておかしくないよ」

「え……し、知らせてくれても……」

「……本人曰く『忙しいだろうから』って善意。気を遣われる方が辛いって何度も言ったけど、結局リナとファープ相手にも生々しいとこは隠したよ」

「……………………」

 知れば寂しいけど、冥界勤めの経験でその手の心理はよくわかる。父への尊敬も変わらない。

「たしかに、そういうとこだけ見れば、アリスちゃんが好きになる要素ないね」

「でしょ。……どこに惚れたと思う?」

「人柄かな」

「ね。フォリアのお付き合い申し込みに返事をくれたのもフォリアの良いところ知ってるからだよ。雨浴びたって胸張れ兄貴!」

「ありがと。雨は浴びない」

「浴びろよ。今のは『浴びてもいい』って思うところだろ……!」

「ひい……」

 妹が怖い。

「だ、だって、性別変わるだけでもけっこう奇異の目で見られるわけで……たまに体調崩すことあるし! アリスちゃんの嫌いな考えなしのバカになるとか……そんなガチャしたくないよぅ……」

「なに泣いてんだ気持ち悪ぃ。そんなんでデート中に雨降ったらどうすんだボケナス!」

「やだ——!!」

「じゃあちゃんと相談しとけ!!」

「妹が怖いよぉ……! ってか、ルピィはどうなのさ!? ルピネちゃんに《変幻》であれこれ迷惑かけたりしたらって怖くない……?」

「迷惑に関しては怖いけど、《変幻》を活用してルピネちゃんと——」

「赤裸々だなあ!!」

「さっきからうるせえ」

「ぁーうっ!」



 そんなふうにそんなこんなで。

 騒いでいたらリナリアに『うるせえ』とおうちに送還されたボクだよ!

 洗濯物を取り込もうとしたら雨に降られて……降られて、いまはお風呂場。

 アリスちゃんが帰ってくるまでにこの状態を……とにかく、解除したい……なにを? 《変幻》? そうかな……

 でも、それならなんで、何度も、……?

「……あれぇ……?」

 試して5回目。まだダメだ。

 もう一度試そうとして、雨水のボトルが尽きたことに気付く。

「…………」

 どうしよう。

 いや、どうでもいいな。

 アリスちゃんがそろそろ帰ってくるから、ご飯作らなきゃね!

 チキンステーキが好きなアリスちゃん。今日はブルーチーズでソースを作ってみるから、喜んでくれるといいな。

 くれると、うん。

 ボクが嬉しい!

「……」

 嬉しいってなんだっけ。

 あたまいたい。

 つめたいのも嫌いだ。

 ぴーんぽーん。がちゃっ。

「……!」

 アリスちゃんだー!

 大好き!

「フォリア、体調は————……」

 あれ。かおいろ、悪いの?

「風邪ひいたの? だいじょうぶ?」

「……そういう、ことでは、ない。……座っておくれ」

「うん!」

 足がずるっと滑って、アリスちゃんが受け止めてくれる。

「ありがとー、アリスちゃん!」

「そっ、うだな……」

「えへへー。きょうも可愛いよ!」

「…………フォリア」

「わぷっ」

 抱きしめられて嬉しい。

「いまからお前を治療する」

「?」

「一緒にいるからだいじょうぶ」

「ごはんは?」

「それも一緒に食べよう」

 アリスちゃんの手が頭に触れる。

 すごくうれしい。

「おやすみ、フォリア」

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