第6話―エピローグ 愛が行き着く先―
あれから4年の歳月が経過した。
「ふぅ……今日の収穫はこのくらいにしようか、タカ君」
「そうだな。結構取れたし、これで菜々ちゃんがおいしい料理作ってくれたら最高だなぁ。自家製のおいしいナスが、菜々ちゃんの手料理でよりおいしく」
「いいよ、いっぱい作ってあげる。じゃあマーボーナスにしようか。タカくん好きだったでしょ?」
「やった!」
辺り一面の田園風景、文字通りの田舎で私は暮らしている。
私といるのはタカ君、
こっちに来て初めて出会ってからずっと一緒、大学も同じところに進み農業の勉強をしている。
今では大学3年生、そろそろ進路を考える時期だ。
「そういやもうすぐお彼岸だしさ、ナスときゅうりでおじいちゃん迎えてやらないとな」
「あー、もうそんな時期だっけ」
おじいちゃんは2年前に突然倒れ、そのまま死んでしまった。
だから私たちは今、残されたおばあちゃんと共に暮らしている。
「なぁ、菜々ちゃん。ほんとに俺と結婚していいのか?」
「いいもなにも、私たち許婚だし、結婚しないと」
「でもそれは菜々ちゃんのおじいちゃんが決めたことだろ? おばあちゃんはもう許婚の約束は無しでいいって言ってたぜ?」
そう、許婚はおじいちゃんがこだわっていただけで、おじいちゃんがいなくなった今結婚を無理強いさせようという者はいない。
「それにさ、菜々ちゃん、俺といて本当に幸せなの?」
「幸せ、だよ……」
「本当は好きな人いるんだろ? 俺はさ、菜々ちゃんのこと好きだけど、好きだから菜々ちゃんには幸せになってほしい」
「ううん、タカ君といられて幸せだよ。ほんとだよ」
確かに彼といると幸せだ。昔、嬉野君と付き合っていた頃みたいに。
彼は優しいし気遣いもできるし力持ちだ。
一緒にいると穏やかな気持ちになる。だが刺激が足りない。
雪乃と一緒にいた時のような恋をしているドキドキがないのだ。
「菜々ちゃんがそう言うなら俺はいいけどさ……無理、してないよな?」
「無理なんてしてないって」
嘘だ。私はまだ雪乃が好きだ。
けれど今更彼女の元に戻れない。
こちらに来るときにあちらの友達の連絡先は全て消したし、SNSのアカウントも消した。
未練を残さないように、との行動が今は憎らしい。
「じゃあ俺の考えすぎかな」
「きっとそうだよ。何かあったの?」
「大学の友達がさ、知らない男に菜々ちゃんのこと聞かれたって言っててさ。だからもしかしたら菜々ちゃんの昔の彼氏が探しに来てるのかもって思って」
「彼氏? う~ん……私彼氏できたことないからわかんないなぁ。ちょっと怖いかも」
私は男の人と付き合ったことがない。嬉野君はもちろんノーカウントにしてだ。
ならばいったい誰が探しに来たのだろうか。まさか風野が復讐にでも来たのだろうか。
「大丈夫。変な男が来ても俺が守ってやるから」
タカ君がぎゅっと抱きしめてくれる。とても暖かくて頼りがいがある。
こんなに大切にしてくれているのならば彼のために結婚してもいいかもしれない、そう思える。
と、そんな時だった。
道の奥から爆走してくるキャンピングカーが。
それはだんだんと近付いてきて、私たちの前で土煙を上げながら急停止した。
「菜々ちゃん! 下がってて!」
まさか拉致でもされるのだろうか、私はタカ君の後ろに隠れる。
中に誰が乗っているのだろうか、窓を見ても反射で顔がわからない。
その時だ、バンっ! と大きな音とともに助手席の扉がばっと開かれた。
刹那、香ってくる百合の匂い。とても懐かしくて、私が好きだった人の匂いだ。
「菜々! 迎えに来たよ! さぁ、乗って!」
「雪乃!?」
運転席にいたのは、雪乃だった。彼女はこちらに身を乗り出し手を伸ばしている。
私は庇ってくれているタカ君を無意識に押しのけ、彼女の手を取り助手席に座った。
「え!? ちょっと菜々ちゃん!?」
「ごめん、タカ君! 私、やっぱり本当は好きな人がいるの!」
「へぇ、菜々ってば男と付き合ってたんだ、しかもなかなかイケメン、やるじゃん。ま、あたしがさらっていくけどね。ごめんね、イケメン君!」
私が扉を閉めたのを確認した雪乃は、思い切りエンジンを吹かしてその場から去っていく。
後ろでタカ君が追いかけてきていたが、10秒もたたないうちに走るのを諦めていた。
「ふぅ、やっと会えたね、菜々」
「やっぱり雪乃なんだ、また会えるなんて思ってなかったなぁ」
隣に座る彼女の横顔は、大人になっていたがあの頃の面影がある。
あの頃よりも可愛らしく、キレイになっているし、服装だってファッションモデルみたいにかっこいい。
一方の私は土で汚れたつなぎだし、爪の間に土が詰まってる。それに体も土臭くなってしまった。田舎の女丸出しで恥ずかしくなってくる。
「って、なんで私がここにいるってわかったの!? それに勢いで乗っちゃったけど、どこ行くの!?」
「あー、いろいろあってさ……順序だてて話すけど、まぁまずはあたしから一言」
雪乃はハンドルを切り、車を脇道に止める。
そして私の方に向き直り、大声で言った。
「どうしてあたしに相談せずにいなくなったの!? 連絡先も消して、こんなのまで置いて!」
雪乃はポケットから取り出した写真を私に叩きつけた。
それは嬉野君が隠し撮りしていたキスの写真。私がいなくなる日、屋上にこれを残しておいたのだ。
「なんなのよ、後ろのメッセージ!」
写真の後ろには私が雪乃に残した最後の言葉が残っている。
「愛しているよ、友達として。だから忘れてほしい。って書いてるね」
「書いたのあんたでしょ! もう、こんなの置いて行って忘れられるわけないじゃない! だから探して文句言ってやろうと思ったの!」
そう言うと彼女は今度はバッグの中から雑誌を取り出す。
折り目の付いたページを開くと、そこに載っていたのはこれまた見たことのある顔だ。
「これって嬉野君だよね?」
「うん。彼ね、高校出てすぐに大きな写真コンテストで賞取って、そのお金で写真家になって全国のLGBTの写真撮っては取材してるの。それでもっと多くの人にLGBTのことを知ってもらって、ちゃんとした権利が主張できるようにって活動してる」
「へぇ、すごいね」
雑誌には若手の社会派カメラマンに密着、なんて書かれている。結構有名人になっているようだ。
「で、嬉野君に頼んで探してもらったのよ、菜々を。え~と、何だっけ……雪×菜々のためならなんだってするって言って張り切っちゃってさ。ま、4年もかかったけどね」
ではタカ君の友達が言っていた私を探しているというのは嬉野君のことだったのか。
「っと、それで次の質問だね。どこに行くのって話だけど、とりあえずこれ見てよ」
と、雪乃は言い車の後ろの扉を開いた。
キャンピングカーで居住スペースとなっているそこには所狭しと洋服がかけられている。
「うわぁ……すごい! どれもかわいいしかっこいい!」
「すごいでしょ? 全部あたしの自作。これでいろんなところまわって営業かけてるの。って今はそういうのじゃなくて、これよ!」
雪乃に導かれるまま奥へと進んでいくと、真っ白なドレスが2着かけられていた。
「すごいキレイ……これってウエディングドレス?」
「そう、あたしがデザインしたの。あたしと、菜々の分」
「私の?」
「そう。あたしたちはこれからパリに行って、結婚式を挙げるの」
「へぇ……雪乃って誰かと付き合ってるの?」
「何言ってるのよ。菜々、あんたとよ」
私は一瞬思考が停止した。彼女の言葉が頭をぐるぐると回り10周したころついに意味を理解した。
「それって……」
「そう。あの日言えなかったこと、今日言わせて。あたしも菜々が好き。将来ずっと一緒にいたい。だから、あたしと結婚して」
4年越しの告白に私は自然と涙を流していた。
こんなに幸せなことがあるだろうか。
一度は諦め、手放そうと思った恋が、もう一度戻ってきた。
「わかった、雪乃……私も、今でもずっと雪乃への想い変わらないよ……雪乃、大好き。結婚、しよう」
そう言って、また雪乃とキスをする。
今まで会えなかった時間を埋めあうように深く、じっくりと唇を交わす。
お互いの愛が唇を通じて体に潜り込んでくるみたい、幸せだ。
「ねぇ、雪乃。なんでパリなの?」
「デザイナーとして本場で修業したいじゃん? それにさ、フランスでは同性婚が認められてるんだよ。だからあたしたちもちゃんと結婚できる」
「そうだったんだ。あ、じゃあ苗字はどうしよ? 雪乃に合わせたらさ、私七海菜々って変な感じにならない? てかお母さんにも言っておかないと。あー、タカ君にもいろいろ言わないとなぁ……どうしよ?」
雪乃はう~ん、と唸り答えた。
「ま、そんなのは後でもいいんじゃない? それより今はさ……」
雪乃は車の扉を閉め、カーテンも全て閉めてしまった。
「久々に再会できたんだしさ、もっと愛し合おうよ。あたし、ずっと我慢してたんだよ?」
「えぇ!? わ、私土臭いよ!?」
「あぁ~……確かになぁ……ま、でもそんなの関係ないや。あたしは一秒でも早く、菜々を愛したいの」
雪乃が私の身体に抱き着いてきた。その肌は火照り、息も濡れている。
キスをせがむように近づけてきた顔は、あの時よりも大人びて官能的だ。
「雪乃。我慢してたのは私も同じなんだから」
今度は私が彼女を押し倒す。
彼女にキスをして、呟く。
「愛してるよ、雪乃」
「あたしも、菜々」
彼女で恋愛練習中 木根間鉄男 @light4365
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