蜃気楼をうたう

 ある日、お母さんがこんな事を提案した。

 ミステリーごっこをしましょう、と。

 私は呆けた顔を晒し、ミステリーごっこって?と尋ねた。お母さんは腫れた目元に笑みを作る。

「密室事件を作るのよ、こっちへ来て」

 お母さんは居間から浴室へと移動する。お母さんの後を追って私も浴室へと向かう。お母さんは浴室に敷かれたスポンジ製のマットの上に座って私をまねいた。

 私も浴室の中に入ると、お母さんは序章を語り始める。

「この事件の中で、静は探偵役。お母さんが犯人役よ。それから探偵役の静は事件が起きるまでの間、目隠しをするの。犯人がどうやって事件を起こしたか見ちゃわないように。あ、後それから動けないように紐もね」

 お母さんの口から紡がれる言葉に私は恐怖を覚え、黙りこくっていた。それをお母さんも気付いてか、私の不安を拭うようにいつものような明るい笑みを見せた。

「大丈夫、大丈夫よ。ほんのちょっとだから」

「ほんとう?」

「あら、お母さんが嘘をついた事あった?」

「……ない」

 ね、とお母さんは同意を促して、私の体をぐるぐると紐で巻き始める。

「おかあさん、わたしはなにをすればいいの?」

「静? 静はね、謎を解けば良いのよ」

「とくだけ?」

「そうよ。探偵は警察じゃないもの。あくまでも謎を解くだけ」

 赤い布が私の目元に優しく当てられ、頭の後ろでぎゅっと結ばれる。それからお母さんは私をぎゅっと抱きしめて、寝かしつける為にか背中をぽんぽんと柔らかく叩く。その調子はとても落ち着くリズムだった。柔らかな眠気が瞼に居座り、思考を眠りに導く。

 うとうとと瞼を閉じていると、お母さんが歌う。

「フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット……」

 

 蜃気楼はここにあったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る