シンク・シンク

 目を覚ますと、私は不思議な場所にいた。瞼を開いても見えるのは薄暗い闇ばかりで、手足を動かそうと思っても体はぎゅっと締め付けられ思うように動かせない。どうしてだろう。どうして当たり前の事が当たり前に出来ないんだろう。自問自答を繰り返していると、闇の外で不思議な言葉が歌われていた。

――フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット……。

 ここで聞こえる唯一の音はその奇妙極まりない連続する三つの言葉だけだった。意味は分からない。でもまさか日本語じゃないだろう。でも不思議とその言葉たちはつい手を伸ばしたくなるような、自分の声を使って発したくなるような魅力を多く含んでいた。

 その魅力は私を底なし沼の奥深くへと沈ませる為には十分な量だった。たった一回囁かれるだけで頭の中は嵐にあったかのように荒らされる。繰り返し繰り返し呟かれる言葉にとり憑かれ、ついに私の思考は麻痺してしまった。叫ぶかの如く、不快な耳鳴りが続く。私の頭はもうその耳鳴りにも、外から聞こえる言葉にも白旗を上げている。それなのに私は耳を塞げない。耳を塞ぐ為の手は締め付けられているから。

 はたしてこれは現実なんだろうか。そう疑問を持った瞬間、どこからかこれこそ現実だという声が上がった。声はすぐさま、私にこれが現実であるという証拠を教えた。頬が冷たい。言葉にそれを歌う声にばかり気を取られていたけど、私の頬はひんやりとしている。このはっとするほどの冷たさが夢で作り出せるかしら。いいえ、きっと作れない。

 私はそう誰かに答え、沈んだ。沈んで行く、ぶくぶくと沈んで行く。沈んで行く最中、「……ふーだにっと、はうだにっと、ほわいだにっと」と小さく、抑揚も無く、楽しげでも無い掠れた声が聞こえた。

 ああ、私が死んだ。

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