ヒールか背伸びか


 電車の揺れに、押水の肩が杵崎の腕に触れた。押水は何も言わず戻る。

 言葉の続きを待った。


「同僚に販売部の半分くらいの仕事を受け持ってくれてる人がいます。今日は外出てるので私が案内しますけど、そこは安心してください」

「……安心」

「この前採用されたぺーぺーの私だけしかいないわけじゃないので」


 押水は杵崎を見上げる。

 無表情で、何度か瞬きをする。伝えたいことはそのままだったが、伝わらなかったのか。押水はまあ良いか、と諦めを覚え始めた。


「まあ何か、不安なことがあればその同僚に聞いてください。私よりずっと……」

「押水さんに訊きたいことがあります」

「なんですか?」


 今度は押水が瞬きをした。杵崎はひとつ、疑問を口にする。


「身長、縮んだことありますか?」










 押水の同僚、船波せんばが豪快に笑った。


「それは一歩間違えばセクハラなんじゃないですか」


 東はにこにこ笑いながら、お通しに口をつけている。


「確かにそうでした」

「で、実際は?」

「セクハラだと言っといて聞く船波さんの立場は何ですか?」

「こうやって嫌なことはズバズバ言ってくれるので付き合い易い人間です」

「言いましたけど、身長はそのままです」


 その返答に頷く杵崎。押水は首を傾げてみる。


「なんで身長を?」

「ふと疑問に思って」


 本日、販売部三人による杵崎の歓迎会。いつも飲み会で使う居酒屋にて、四人で集まっていた。

 東のビールが無くなりそうなのに気付き、押水はドリンクメニューを手渡す。


「ありがとう」

「いえ」


 空になったお通しの器をさっとまとめてテーブルの端へ。その一連の動作を杵崎は見ていた。


「杵崎さんは前職何やってたんですか?」

「えーと……」


 躊躇いながら口にしたのは大手電気製品メーカーの営業部。船波と押水が驚き目をぱちくりさせている間に、東は赤霧島を注文した。


「それはまた、なんでこんな中小企業に。いつからうちは大企業からぽんぽん引き抜きを行える場所になったんですか、東さん」

「引き抜きなんてしてないと思うけどねえ。偶然にも二人、中途採用されただけで」

「二人……」


 杵崎は呟き、押水の方を見た。目が合い、数秒。どちらも口は開かず、船場が口火を切った。


「押水さんもほら会社の目の前のレストラングループ親会社の、秘書課だったから」


 狙っていた唐揚げを掴み上げる。杵崎は目を瞬かせ、押水へと視線を戻した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る