第7話 大仕事

「物陰に隠れろ!」


 既に教会内に入っていた兵士に指示を出し、先ほど倒れた兵士を引きずって左側の柱に身を隠す。教会の両側には太い柱が規則的に並び、その上には通路。手前から長椅子が配置されており正面奥には祭壇。そしておそらく敵の狙撃手は正面上方にいる。しかし、確認は出来ない。敵はライフルだけではなく機関銃を持っているからだ。


「そいつは?」

「息がありません!」


 重機関銃の射撃音が響く中、一名の死亡を確認する。


「エルム! そっちはどうだ!」

「駄目だ。こっちも頭出した奴がやられた!」


 状況は非常にマズい。柱はどうにか耐えてくれているが、このままでは機関銃に制圧されながら数を減らされて終わる。帰ると約束したばかりだと言うのに。


「ハイン! 機関銃の射撃が終わったら儂が飛び出す。それで狙撃手を黙らせろ!」

「お前が出るんじゃない! 一応大佐だろうが! 調査もなんも出来んくなるだろう!」


 昔は二人で無茶をしていたが、もうそんな事が出来る立場じゃない。


「そこの上等兵二人! 機関銃の弾が切れたら私と同時に飛び出して撃て!」

「「了解!」」


 反対側の柱にいる兵士に指示を出し、こちら側にいる兵士に目を向ける。


「君」

「はい!」


 こちら側にいるのは私を除き二名。一人は死体、もう一人は二等兵だった。


「いつまでもそいつに構ってないで銃を構えろ。その背負っているのはお飾りじゃないんだぞ」

「しかし…」


 そう言って、こちらを振り返るのは二十にも満たないような学生だった。


「何故、子供が?」

「大佐殿の指名で」

「エルムの所のか… 名前は?」

「ネーヴェルであります」


 元気で、機関銃の制圧射撃をくらっているとは思えない声色で返してくる。


「よしネーヴェル。私が飛び出して二秒経ったらあの扉から外に出ろ。いいな?」

「はい! しかし少佐殿はどうされるので?」

「あいつらを片付ける。君の任務は伝令だ。外の連中に外周を固めるように伝えろ」

「はっ」

 

 二十にもなっていなさそうな子供に戦えとは言えんしな。それに、先ほどから機関銃の音しか聞こえない。少なくともこちら側を抑えているのはあの二人だけのはずだ。ならば、機関銃が撃てない状況で数人が的になれば一人位逃がせるだろう。


「機関銃がやんだ…? おいっ!」


 ネーヴェルが柱から頭を出して確認しようとする。その襟元を掴んで柱の後ろに引き戻すと、一秒前まで彼の頭があった所に銃弾が飛んできた。


「あ、ありがとうございます」

「狙撃手も見てる。機関銃も、銃身が熱くなっただけだ」


 それから数十秒して機関銃の射撃が止む。さらに、ライフルを構える音がした。ネーヴェルが頭を出した反対側から状況を確認する。機関銃手はライフルを手にしており、追加の敵兵は居なかった。ハンドサインで合図を送る。


「準備はいいか? ネーヴェル」

「はい」


 射撃の合図と共に三人が同時に柱から飛び出す。直後、反対側の上等兵一人が肩を撃たれたと同時に、ネーヴェルが入口に走る。


「くそっ」


 片目を閉じて狙いを定める。そして少し息を吐き、引き金を引く。銃弾は敵狙撃手のライフルを無力化した。


「よし、ネーヴェルは無事だ。そっちの撃たれたのはどうなってる!」

「掠っただけです!」

「分かった。後一人だ、もう一度やるぞ」


 指示を出している途中、ピンッと何かを引っこ抜く音がした。

 咄嗟に反対側から銃を構え音の出所を探る。それは、既に空中で放物線を描きこちらに向かって来ていた。


「当たれ!」


 半ばヤケクソで放った銃弾は手榴弾の上を掠め、その軌道を下方に押し曲げた。柱に身を隠した直後、衝撃と共に大量の木片が体の両側から飛んで行く。


「流石だな!」

「偶然に決まってるだろ!」

 

 そして次に飛び出すタイミングを見計らっていると、又しても音が聞こえて来た。しかし、それは何かが地面を転がって来る音だった。その音を認識すると同時にガスが噴き出す。


「逃げる気か!」


 爆発物で無い事を確認し、地面にいる方の敵と睨み合う。お互いの銃から小さな光が見えた時、相手は倒れ、私の右頬に痛みが走る。


「もう一人はどこだ?」


 煙幕で姿は見えないが、エルムが狙撃手の方を確認する。その疑問に答えるかのように、反対側の柱の上から足音が聞こえた。


「お前の上だ!」


 一発、続けて二発。敵の姿が煙幕で見えなくなる直前に銃弾を叩きこむ。相手は、通路から飛び降りてエルムと上等兵二人がいる柱周辺に着地した。


「大丈夫か?」


 鈍い音が何回も響き、落ち着いたかと思えば、それを裏切るように銃声が二回。


「おい! 誰か返事をしろ!」


 応答が無かった。何か少し声がした気がするが、恐らくもみあっているのだろう。煙が蔓延して全く見えないが、小さな呻き声のようなものを頼りに近づく。


「ハイン聞こえるか?」

「無事か?」

「ああ… いったん外へ行くぞ」

「敵は?」

「消えた。今から部隊を再編して周辺を制圧する…」


 僅かな明かりを探して外に出る。少し待っていると、足をふらつかせながら出てくるエルム。そして肩を貸している上等兵が一人。


「戦死三名か… くそが」

「ここは大丈夫だと思ったんだが」

「子供を連れてくるんじゃない!」

「悪かったよ。もの覚えが良かったから少し任務に慣れさせる為の実地研修のつもりだったんだ。まさか戦闘になるとは」


 聞いて呆れる。だからって新兵を連れてくる奴があるか。


「で、これからどうする?」

「お前はもう帰れ」

「は?」

「今の内に帰れ。本当ならこの後三時間程付き合って貰う予定だったが予定変更だ。こうなったからには…」

「待て、意味が分からん」

「いいから。帰って休め。明日から大忙しだぞ」


 と、真剣な眼差しで語りかけてくるエルム。その真意を汲み取って承諾の意を伝える。


「分かった。また明日な」

「ああ。よい誕生日を」



 ハインが帰った後、周辺の部隊を使って辺りを封鎖した。


「あれで正解だったのか…」


 誰にも聞こえないような小声でエルミッヒは自分の判断の正誤判定を試みる。


 煙がおさまった教会内に再度突入する。銃弾は飛んで来なかった。奥の祭壇の裏まで慎重に進む。そこには手榴弾の安全ピンを抜こうとして息絶えている、恰幅の良い男がいた。

 この前の爆破事件、被害者二人はどちらもブリタニア国籍。現状、西ゲルマニアは諜報面でブリタニアと協力関係にある。最初はブリタニアが仕掛けたのかとも思ったが、やはり自爆にしては不自然だ。加えて、もしそうなら標的となった人物の遺体も発見出来ていない。


「お前がブリタニアの目標か」


 その男は銃砲店爆破の被害者で、既に死亡したと目されている人物だった。

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