第22話「お泊りデート 仕事編」


【星野夜空】


「じゃ、入って~~」


「お、おじゃましますっ……」


 おいおいおいおいおい。

 ついつい来てしまったぞ、俺は‼‼


 駄目だ、ここまで来たら正直なところ引き返すことなんてできないし……いくらおばさんとおじさんがいないからと言って、男一人の俺が入っていいのか?


 ま、まあ……確かにあの二人ならすぐに「あら~~空君、元気ねぇ」とか「空君! また僕とキャッチボールでもしないかい?」って言われて引き込まれるくらいには信頼は得ている。幼馴染の特権って言うやつだ。


 しかし、俺もいっぱしの男だ。


 昔の様にやれ暴れまわったり、森香の部屋でくつろごうものなら――変な力が働いてそれどころではなくなる。


 あぁ、やばい。考えてたら、どんどんドキドキしてきたし。俺の心臓の音、聞こえてるんじゃないのか?


 ……ふぅ、深呼吸だ、まず。


「ど、どうしたのさ……そんなかしこまっちゃって?」


「ふぅ……はぁ……ふぅーーはぁーー」


「いやなんで深呼吸?」


「あ、いや……なんでもないよ」


「そ、そう? ならいいんだけど」


 少し困った顔をした森香を先頭に階段を上っていくと、そのすぐ左の部屋が彼女の部屋だった。ドアには律儀に【もりか】と可愛らしい看板が飾っており、その外装は昔遊びに来た時と何も変わっていなかった。


「い、いやぁ……それにしても、俺が来てよかったのかよ……」


「別に大丈夫だって言ってるじゃん……私ばっかり空の家お邪魔してたらおかしいじゃない?」


「そ、それは別に……問題はないんだけどなぁ」


「空になくても、私にあるし。ましてはおばさんに迷惑かけられないもん」


「……そこまで言われたら何も言えなくなる」


「あと、空の家だったらゲームがいっぱいで集中できないしね~~」


「……それは一理あるな、いや十里くらいある」


「何それ、聞いたことないんだけど……?」


「今作った」


「……っ、何言ってるのよ」


「ははは……」


 あはは~~と棒読み甚だしい笑みを浮かべていると彼女がすっと扉を開けた。

 すると、コンマ一秒で鼻腔に入り込むいい匂い。


 これは……彼女の好きなラベンダーの香りってところか。いやはや、それにしてもさすが女子、昔はここまで染まっていなかったが高校生ともなれば注目する場所は違うな。


「おぉ……」


「何?」


「あ、いや……なんでもない」


「ふぅん……あ、もしかしてっ、私の部屋に見惚れちゃった?」


「はっーーそんなわけないし……というか」


「というか?」


「……い、いい匂いがしただけだ」


「っ————そ、そう! それは、良かったねっ」


「あ、あぁ……」


 すると、途端にぎこちない笑みを見せる森香。

 すぐに向き直って、自らのリュックを置き、仕事の準備を始めていく。


「じゃ、じゃあっ……始めようかなっ? ほら、空も早く準備して!」


「あ、え——もう?」


「当たり前じゃん……もう6時だよ?」


「……分かった」


 しかし、俺はふと気づく。

 あれ、着替えって持ってきたっけ?

 俺、まだ家に帰ってないし、連絡はしたけどそのまま来ちゃったし……着替え忘れた。


「なぁ、俺。着替え持ってきてないんだけど?」


「え、着替え? あぁ、まあいいんじゃない?」


「いい? もしかして、俺に制服で寝ろって言っているのか?」


「……別にそうとは言ってないし。ぱ、パンツで寝てみたら?」


「は、正気? 俺がパンツ一丁で寝ろって?」


「え、ええもちろん! なんなら一緒に入っちゃう?」


「何にだよ?」


「お風呂に」


「へぇ、それもいいかm————は?」


 ばっと顔を上げて、彼女に視線を合わせると————頬を赤くして、ニマニマと不敵な笑みを浮かべている。なんだこいつ、まじか、まじなのか? まんざらでもない顔してやがるぞ!?


 いやぁ、待て待て。

 冗談に決まっている。

 だいたい、一年前にもこんな話吹っ掛けられていじめられた挙句、結局ぶった叩かれたような気がする。


 ふぅ、あぶねえ。

 俺は騙さらないからな!


「いいけど? 久しぶりさ、どう?」


「久し振りが過ぎるんだよ……俺たちはもう高2だぞ」


「だ、だからこそっていうかね~~大人になっちゃう?」


「ならん、別にいいって……」


「ちぇ~~、そうかぁ~~」


 なんだ、森香のやつ。

 どこかまじな雰囲気が混じってるのが気に食わない。ここは俺も反撃をしなければ……。


「……じゃあ、入るか?」


「え……」


「だってなぁ、森香がそんな顔してくるからなぁ……やっぱり? 入るべき? って感じかなぁ?」


「……じゃ、じゃあ? は、入る?」


 なんでそうなる……もう、なんで急にこうなるんだ‼


 しかも、森香の顔が——赤い‼‼

 まんざらでもない感じ‼‼


 俺の攻撃が全く聞いてねえし、というかむしろ俺がえぐられてるんだけど‼‼


 可愛いのかよ、マジ‼‼

 こいつ、なんでこんなにあざといんだ‼‼


 狙ってるのか分からないが——俺が思うことと反対のこと言ってくるし‼‼

 いつもの清楚な委員長と全然違うし‼‼


 なんだよ、急に色づきやがって‼‼ どうしたんだ、急に‼‼


 いやいや、マジで待て。

 待とう。ここは一旦深呼吸だ。


 さすがに本当に入るのはまずい。森香の美ボディを眺めたい気持ちはもちろんあるが……ダメだ。



「いや、やっぱりいい。というか、取りに帰るし」


「え?」


「行ってくるから、ほら先にやってて」


「は、え⁉」


 そうして、僕は心臓の鼓動をバクバクと鳴らしながら、すぐさま森香の家を出たのだった。







 次回に続く。

 

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