第6話「視線がすれ違う」


【星野夜空】


「……」


 授業中。


 いっつも見るこの光景はいつになっても飽きることはなかった。廊下側、そして一番後ろ。風通しも良く、教室一面を見渡せる位置に座る俺は今日もこの風景に黄昏ている。


 つんつん。

 

 肩に何かが触れて、俺は隣に首を捻った。


「……なんだよ」


「いやぁ、なんでもぉ~~」


 いやらしく笑う隣の腐れ縁にジトッと冷たい目を向けて、再び前を向く。

 こいつの笑顔も、もはや日常。


 黒板では数学の教師がやれ微分がどうなの、やれ導関数がどうなのと自慢げに話していて、どうにも腑に落ちない。


 まあ、教師なんだから説明する義務があるのも当然だが——恋愛に勤しむ高校生の立場から見れば、自慢をしている醜い大人にしか見えなかった。


 ——とはいえ。


 みんなの言いたいことも分かる。

 貴様は昨日の今日で何をしているのか、と。


 幼馴染が高スペック後輩に告白され、我ながら散々焦り散らかしたのちに自ら振ったという事実を聞かされるという密度。俺自身、告白して奪い返そうと思っていたのが昨日までだったというのに————こうも日常に戻されてしまうとは思わなかった。


 一度寝れば情緒も元に戻る。


 この語り口調も、昨日まで、もしくは隣のクソッたれに変な噂を振り向かれるまではおかしくなっていたのかもしれない。


「ではぁ~~、この導関数の定義をノートに書いてくれ~~」


 おじさんの言葉で教室中の生徒が筆を滑らせる。この先生がこういう時は大抵宿題に出るところだから覚えておかなくてはならない。さすが、偏差値60後半の微妙な進学校だ。


 そこで――俺はふと、顔を上げる。


 目線の先はもちろん——————君塚森香きみづかもりか


 幼馴染でもあり、クラスの委員長でもあり、そしてみんなの憧れでもあり、俺の恋した相手。


 いつか告白は絶対にする。そんな自負もある――というかまあ、昨日告白できずに終わっちゃっただけなんだけど。ていうか、最後の方に好きみたいなこと言っていたような気もしなくもないから~~って話を膨らませるとややこしくなるから敢えて何も言わないでおこう。


 とにかく綺麗で、可憐で、優美。


 途轍もないほどに清楚な絵にかいたような女子高生である。


 優しくその小さい指でペンを掴み、ノートに滑らせていく。小さな口と子供の様に可愛い鼻と目が魅力的。そして、男受けのいい体つき。豊満な胸に、少し大きめなお尻。もともと着やせするタイプなのだが、制服でもカバーしきれていない色気が目立つ。


 制服に眼福。


 まさにJKに発情するおじさんになった気分だ。


「よしっ、書いたかぁ~~先進むぞ。それでこの頂点Xに————」


 熱心に授業を受けるその姿は実に美しい。これぞ女子高生の本懐だともいえる。

 さすが、学年2位の実力。

 自他ともに認める秀才はレベルが違う。


「……なに見惚れてんだよぉ」


「み、見とれてねぇし……」


「ほんと、お似合いだなぁ」


「うっせ」


 隣の茶化す輩がいなければずっと観察していたいがこれ以上は授業の迷惑になるからやめておくとしようか。






【君塚森香】


 どこか、視線を感じる。

 そう感じたのは4時間目の数学の授業だった。


 先生は口癖のように「積分は美しい……だからこそ、微分を学び、それに触れなければならない」なんて言っているが私にはそうは思えなかった。


 天性の文系気質な私からしてみれば数学が美しいなんて一ミリも思わなかった。


 とはいえ、そんなことはどうでもよくて——今はまず、このむず痒い視線の事だ。


「……なんだよ?」


「いやぁ、なんでもぉ~~」


 ふと耳に届いた声。

 椎名君と空の声だったと思う。


 まあ、さすがに幼馴染の声を聞き間違えるなんてことはないから確実だろうけど、念のため保険はかけておく。


 にしても、そうか。

 この視線は彼からか。


 いっつもいじりがいがある空には案外、むっつりなところもあるのかもしれないな。ははっ、痴漢ならぬ視漢。我ながら興奮する……。


 ——って何考えてんだ、私!


 これでも委員長なんだから‼‼ しっかりしないと駄目よ、駄目。


「ではぁ~~、この導関数の定義をノートに書いてくれ~~」


 先生がそう言うとクラス中にペンを滑らせる音が響く。

 無論、私もその一部だ。


 すらすらと書いていくとまた、視線を感じた。

 我ながら好きな相手の視線に気づくという第六感を持つとは——この恋も臨界点はとっくのとうに超えているのかもしれない。


 まあ、十年以上温めているのだからそれも必然かもしれないが。



 ————ほんと、嬉しいな。



 本音を言うとすごく嬉しかった。


 後輩に告白されて、どうしようか迷って、それでもやっぱりと振って、でも彼は凄くて——そんな濃い昨日の今日を乗り越えてきたわけだがまだ、乙女な心を持ってしまう自分に腹が立つ。


 そうは言っても隠し切れないほどに、好きな相手に見つめられるということは嬉しいものだった。



「……なに見惚れてんだよぉ」


「み、見とれてねぇし……」


「ほんと、お似合いだなぁ」


「うっせ」


 ほんと、まじで椎名君、ナイス!

 もっとこいつを振り向かせないと……というか、昨日の夜、私猛烈アピールしたつもりなんだけどなぁ……さすが、私の幼馴染。鈍感にもほどがあるよ。





<あとがき>


 すれ違う幼馴染、こういう連れカノみたいな展開が好きなので書いてみました。


 それはさておき、10万文字まで残り8万。書ききれるのか、我慢できるのかは分かりませんが毎回コメントしてくださる神様のような方がいるので頑張るしかないですね!


 良かったらお星さま置いていってください!

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