第5話「クサレエンガウルサイ」


【星野夜空】


 翌朝、昨日のことなど何もなかったかのように森香と二人で登校した俺が教室の戸を開ける5と、とある男が俺に声を掛けてきた。


「おぉ、お前ら付き合ったんか?」


「え、いや……?」

「へっ?」


 俺たち二人、互いに否定しようと声を上げようとした瞬間。


 クラス中が瞬時に凍り付き、シンとした空気が広がる。


 まさに、今。


 クラスメイト達の頭の中ではさまざな憶測がインターネットの様に飛び交っているのが俺の目には見えている。


 さすが我らが2年5組、理系クラスなのかだからかわからないがITには強い。


 ————なんていう、御託はよしとして、嫌な予感は当たったのだった。



「「「「「「——————二人とも付き合ったのぉ‼‼‼‼‼‼⁇⁇」」」」」」


 まさに太鼓。


 教室中を反響し、大きな爆撃音の様に俺たち二人の噂が広まっていく。


 もはや、廊下にまで漏れているような気もしなくはない。


「え?」

「いや、ちがっ‼‼」


「おめでとぉ~~」

「こりゃニュースやなぁ」

「拡散せねば!」

「やっぱり幼馴染はつええぁ」


 さらに話を広げる彼ら。

 他クラスにまで広げようとしている輩もいる。


「勝手に話を広げんじゃねえ……」

「っ……」


 不意に照れ始める幼馴染を横目に、ため息を吐きながら、苦節十数分。


 彼らを説得し、付き合ってはいないと話すのはなかなかどうして苦しいものがあったが、何よりも骨が折れたのは間違いなかった。








「おい、クソッたれ」


「俺の名前はクソッたれじゃないぞ?」


 ニヤリといたずらな笑みを浮かべる一人の男、小学校からの腐れ縁にして、変な噂を広めた要因であるのが——椎名翔也しいなしょうやだ。


「俺の目には糞よりもしたなクソッたれにしてか見えないがな」


「ははっ、それはお前の目が節穴ってだけじゃないか?」


「——マジでてめぇの金玉握りつぶす」


「あははっ‼‼ ごめんて、ごめん‼‼ 嘘やって~~」


「笑いながら人に謝るな。それが謝るものの立場か!」


「何も、謝ってる気はなかったからなぁ……必然ちゃぁ、必然?」


 何も悪気なく首を傾げるこの男のメンタルは俺には理解できない。


 毛頭、彼が俺たちの苦労を理解できるとも思えないがな。


「はぁ……もう、怒る気力も出てこねぇ……」


「何も俺だって、同世代に説教は受けたくねぇよ」


「……まじで、あぁ……てめぇ……人の心がないんかよ」


「ないね、我ながら」


「ぐうの音もでんな」


「あははっ‼‼」


 関西人の様なノリに、俺はついてはいけない。


 まあ、似非関西弁であることはこの道産子に変わって俺が謝っておく。マジですまない。ほんとに。許してやってくれ。


 この高笑いも小学校の頃とあまり変わらないが未だ慣れてはいない。


 これが天性の陰キャラと天性の陽キャラの違いである。


「……それで、ほんとのところは——どうなんだよ?」


「え?」


「だからさ、結局のところはぁ——彼女とどうなんだよ?」


 すると、翔也は窓際へ指を指した。

 そこにいたのは——可憐な学級委員長。


 俺の幼馴染にして、クラスのアイドル的な存在。いや、どちらかと言えば大統領かもしれないが——まあ、どちらも似たようなものだろう。


 可愛く、そして清楚な一輪の花——————とまではいかなくとも、綺麗で後輩から慕われる憧れの的であるのは確かだった。


「どうもなにも……綺麗」


「そうやなぁ……俺もあんな彼女がいてくれたら最高なんよぉなぁ」


「渡さんぞ」


「ははっ、誰も取るなんて言ってないよぉ~~」


「……お前はいろんな奴に手を出すからな、嘘にしか聞こえない」


「おうおう、これがぐうの音も出んねぇ」


 ニヤニヤしてやがるこのヤリチン男。


 噂の範囲だが、何十人の女をやり捨てしたとかなんとか……まあ、まさかこいつがそんなことまでしているとは思いたくはない。


 腐っても友達。


 いくら腐れ縁とてモラルは守ってもらいたいさ。


「……ほんと、クソッたれだな……」


 そんな風に笑う腐れ縁を見上げるように見た俺は授業の支度をし始めたのだった。


 いやしかし、本当に森香は黒の制服が似合う綺麗な女子高生だな……と思ってしまった感想は心に留めておくことにしよう。


 告白の一件もすぎた今、わざわざ言う必要もない。いずれ言う時のために取っておくのが面白いはずだろうしな。

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