5分で読める物語 『メイドさんを連れた、3年B組番長探偵』
東紀まゆか
メイドさんを連れた、3年B組番長探偵
「あんたがハルかい」
昇降口で、ハルは固まった。
目の前には、この名門・秀光高校の制服を着ながらも。
八十年代の漫画をドラマ化すると出て来る、不良の頭。
絶滅危惧種、リーゼントの男が立っていた。
「聞こえないのかよ?あん?」
男がそう言った時。
ハルが固まっていた、もう一つの理由が、スパァン、とリーゼント頭をハリセンで叩いた。
「坊っちゃま、女性に乱暴な口をきかない!」
叩いた!ハリセンで!
メイドさんが、リーゼントを叩いた!
ロングの黒いヴィクトリアンドレスを来たメイドが、カチューシャをした頭を下げた。
「失礼しました。一年A組の市野晴恵さん」
「ハリセン、どこから出して、どこにしまったんですか」
メイドさんはニッコリ笑うと、叩かれて、ふてくされているリーゼントを指した。
「こちら、貴女が捜査の依頼をした《番長探偵》こと、三年B組の御前崎章介。私は、彼のお世話をしている岬マリエと申します」
確かにハルには、校内SNSにヒッソリと貼られた「学校の揉め事、よろず承ります。番長探偵」というバナーをクリックした覚えがあった。
あの「番長探偵」って、文字化けや変換ミスじゃなかったんだ……。
「番長探偵術、その一。依頼者を徹底的に洗え。ちょっと顔を貸してくれ。ヨロシク!」
学食の隅で、ハルは章介とマリエさんに、話を聞かれる事になった。
「で、あんたが襲われたのはいつだい」
「えぇと、先輩は、この学校の番長なんですか」
「こんな進学校に番長グループがある訳ねぇだろ。それより、あんたが襲われた時の状況をだな」
「じゃぁ先輩は、探偵事務所にお勤めなんですか?」
「アホかおめぇ、高校生が勤められる訳ねぇだろ」
「坊っちゃま、言い方!」
またも章介がハリセンで叩かれるのを見ながら、ハルは思った。
番長でも探偵でもないのに、番長探偵なんだ……。
マリエさんは微笑みながら言った。
「坊っちゃまは、この学院のスポンサーでもある、御前崎財閥の跡取りとして、様々な奉仕活動を義務付けられているのです。生徒の皆さんのお悩み相談も、その一環なのですよ」
「面倒くせぇ。勉強の他に、ボランティアもしなきゃならねぇ」
だったら探偵なんてやらないで、公園の清掃でもしてればいいのに。
そう思いながら、ハルは数日前、自分に起こった……そして三か月前から、校内の生徒に起こっている事件について話した。
秀光高校の女生徒、一年生だけが、この数か月、立て続けに襲われる事件が続いていた。
襲われるのは決まって下校中。
公園やシャッター商店街など、ひとけの少ない所で。
いきなり、茂みや裏路地に連れ込まれ。
目と口に、ダクトテープを貼られる。
「で、お前、ヤられたのか?」
スパァン、とハリセンが鳴り、マリエさんが笑顔で言った。
「デリケートな事は私が聞きます。坊っちゃまはあちらで、他の被害者のデータを整理して下さい」
ブツブツ言いながら、章介が自販機にコーラを買いに行ったので、ハルはホッとした。
被害は少ないが、男の人には聞かれたくない。
ハルは小さな声で、マリエさんに耳打ちした。
「まぁ、制服の前をはだけられて、ブラジャーを盗まれた!?」
せっかく耳打ちしたのに、マリエさんが大きな声で言ったので、近くのテーブルでコーラを飲もうとしていた章介がブーッ、と噴き出した。
「マリエさん、声、大きい!」
「それで他にお怪我は?盗まれた物は?」
「カバンの中身も道にブチまけられてましたが、なくなった物はありませんでした。取られたブラジャーも、少し離れた所に捨ててあって」
幸い、通りかかった女性が気づいて、すぐ警察を呼んでくれたのだ。
「これまでの七人の被害者と同じだな」
ズイ、と章介が話に割り込んだ。
「坊っちゃま、資料の整理は終わったんですか」
「終わったよ。被害はコイツで八人目。大体、週に一回のペース……だが曜日もバラバラ。被害者にもクラスや部活の共通点はない」
マリエさんが、ハルに尋ねる。
「警察にも被害届を出されたんですよね」
「はい。警察もパトロールを強化しつつ、昔、こういう事件を起こした人を当たっているみたいですが、有力な容疑者はいない様です」
「上半身のみで下半身には手を触れていない。坊っちゃま、やはり、おっぱいの方がお好きですか?」
「バカ野郎、何聞いてんだよ!」
顔を真っ赤にする章介をよそに、マリエさんは考え込んだ。
「パトロールを強化しても、監視カメラや防犯カメラに犯人らしき人物が映らないのは、おかしいですねぇ」
「番長探偵術、その二!動機は現在には無い。被害者八人の過去四か月の行動と、今後一か月の予定が欲しい」
マリエさんがスマホでLINEグループに何やら打ち込み始めた。
「それは警察より、我が御前崎メイド隊に動いてもらった方が早いですね」
メイド隊って、まだ他にもいるの?
「いずれにしても、この学校の生徒は全員、俺の舎弟だ。手を出す奴は許さねぇ」
いや舎弟とか言われても。私、今日まで貴方の事、知らなかったんですけど。
心の中で突っ込むハルの前で、空になったコーラ缶を握り潰し、章介は言った。
「番長探偵術、その三。犯人を炙り出したければ、そいつ以外を洗え。俺はちょっと職員室に行ってくる。マリエさん、その子、家まで送ってあげて。そこんとこ、ヨロシク」
そう言い残して学食から去って行く章介の後ろ姿を、ハルは、うさん臭げに見送った。
「先輩は、何故あんな髪型をしてるんですか?」
御前崎財閥が用意した黒塗りの高級車で、自宅に送ってもらう車中で。
ハルは、隣に座っているマリエさんに聞いた。
「ウチに番長グループは無いって言ってたから、不良ではないですよね?」
「お父上の写真の影響です。幼少期から坊っちゃまは、学ランにリーゼント姿の、お父上の写真が大好きでした」
それを聞いて、ハルは胸を打たれた。
御前崎先輩、お父さんがいないんだ!
たった一枚残された、お父さんの若い頃の写真をマネして、あの髪型にしてるんだ。
「あ、両親は、ご健在ですよ。写真も仮装パーティの物ですし」
「じゃぁ、なんで……」
「お忙しい両親と、なかなか会えなかったのは事実です」
夕日に照らされたマリエさんの顔は、慈愛に満ちた女神の様だった。
「お世話する私たちに寂しがってるのを悟られたくなくて、お父上のマネをして強がっていたのでしょう」
暫くの沈黙の後、ハルは尋ねた。
「先輩が幼児の時からお世話してるって、マリエさん、お幾つなんですか?
「うふふ。いつまでも若いと思わない方がいいですよ。女子高生」
「マリエさん、頼むよ。俺じゃ怖がられるんだよ」
廊下の角に隠れながら、ハルは章介とマリエさんの会話を聞いていた。
「じゃぁ昔みたいに『マリねぇちゃん、お願い』って、可愛くお願いして下さい」
「馬鹿野郎!何、大昔の話してんだよ!」
「あら?ついこないだまで、甘えてくれたじゃないですか」
何をやっとるんじゃ、と思いつつハルは声をかけた。
「あの、私が行きましょうか?」
「うわっ、お前、いつからいた!」
「えーと、マリ姉ちゃんに可愛くお願いする辺りから」
ポン、と両手を打ってマリエさんは言った。
「そうですわ!ハルさんに行ってもらいましょう。その人の所へ」
「その人?もしかして犯人?」
「違うよ」
ぶっきらぼうに章介が言った。
「次に襲われる奴が、わかったんだよ」
「そう。リーゼントにビビッと来たぜ!です」
「いやマリエさん、俺そんな事言わねぇから」
夕闇が迫る公園に、秀光高校の女生徒が入って来た。
周囲に人はいない。最近の事件を聞いているだろうに、不用心な子だ。
まぁ、こっちには都合がいいが。
いつもの様に、後ろから目を塞ぎ、動揺した所で口を塞ぐ。
ダクトテープを手にした〝そいつ〟は、生徒に近づこうとしたが。
「おっと、大人しくしろよ」
その前に、リーゼント頭が立ちふさがった。
「番長探偵術、その四。いかなる手を使ってでも犯人は逃がすな。だが」
ふっ、と表情を緩め、章介は言った。
「俺もあんたに暴力は使いたくない。おとなしく……えっ?」
一瞬の隙をついて。
〝そいつ〟は、章介の懐に入り込み、見事な一本背負いを決めた。
「今よっ!御前崎メイド隊、坊っちゃんを援護!」
マリエさんの号令と同時に、周囲の茂みや遊具の影から、何人ものメイドが飛び出す。
逃げようとした犯人だが、倒れた章介が、足首を掴んで離さなかった。
「番長探偵術、その四。さっき言ったか。いてて……」
投げられた激痛に呻く章介の横に、観念した〝そいつ〟は座り込んだ。
「えっ、犯人が女の子!」
「他校の生徒だ。油断したぜ。見事な一本背負いだった」
翌日、投げられて肩を脱臼し、右手を三角巾で吊った章介が、学食で苦笑しながら言った。
横ではマリエさんが、かいがいしく彼に昼食を食べさせている。
「どうしてわかったんですか?動機は何だったんですか?」
「番長探偵術、その五。答えは見えている中にある」
被害者が胸をはだけられ、ブラジャーを奪われているので、無意識のうちに犯人は男性と思いがちだった。
だが目撃例にも、防犯カメラにも怪しい男性はいない。
それともう一つ。
「被害者はすぐ女性が見つけ、助けて通報して去って行く。全ての事件でだ」
「そう言えば私の時も。まさか自分で襲って、自分で助けてた?」
「これまでの被害者が、犯人が捜している物を持ってなかったからだ。次は動機だ。君たち被害者八人の行動を洗い直した結果、全員四か月前に、同じ進学塾で全国模試を受けていた」
あ、とハルは思い出した。校外の犯人と、そこで会ってたのか。
「犯人は柔道部のエースだったが、成績が良くないと親に部活を禁止されてしまう。そこで使ったのが……」
急に章介が顔を赤くして口ごもったので、彼に「はい、あーん」をしていたマリエさんが代わりに言った。
「カンニング用ブラジャーです」
「な、何ですかそれ」
「ブラジャーのワイヤーがアンテナになっていて、カバンの中に入れてあるスマホと、腕時計型の端末をリンクします。時間を見る振りをして、スマホに打ち込んだデータを呼び出せるのです。もちろんネット検索も可能。中国やインドでは、もう国家試験ではワイヤー入りブラジャーの着用は禁止されているんですよ」
カンニング用ブラジャーで、なんとか成績を保っていた犯人だったが。
ハルたちと受けた全国模試の昼休み。塾講師たちの会話の中に「カンニング」という単語を聞いてしまった。
実際は彼女の事ではなく、ただの雑談だったのだが。
パニックになった彼女は、午後に持ち物検査があると思い込み、外したブラジャーと腕時計型端末を、屋外でお弁当を食べていて教室にいないかった、他の生徒のカバンに入れたのだ。
「それを奪い返す為に、私たちのブラジャーを!でもカバンに入っていた他人のブラジャーなんて、気持ち悪くて使いませんよ」
「ところが、いたんだよ。それがカンニング用だと気づいた奴が」
章介は職員室に行き、この四カ月で不自然に成績が上がった生徒を探した。
一方の犯人も。定期的にある塾のテストで、不自然に成績が上がった子を見つけた。
「犯人は、塾が発表する成績上位者リストで、秀光学院の生徒がカンニングセットを使っている事に気づいた。
自ら手放したとはいえ、安価な物ではない。これからの部活もかかってる。だが、秀光学院の生徒の、顔と名前が一致しない。だから塾に通う秀光学院の一年生を、片っ端から襲った」
「そうか!襲われる曜日がバラバラだったのは、塾でテストがある日だけだから!」
「正解です。テストが無い日に、わざわざカンニング用ブラジャーをする子はいませんからね」
「制服をはだけ、念の為にカバンの中も探すが見つからない。間が悪い事に、カンニングセットを使っていた生徒は、最後まで残っちまったんだ」
そして番長探偵は、最後の生徒……この四か月で、成績が急上昇した子に事情を話し、犯人を誘き出す囮に使った。
ハルは、ポツリと尋ねた。
「犯人の子、どうなるんですか?」
マリエさんが、人差し指を頬に当てながら答えた。
「盗んだ物も無いですけど、皆に怖い思いをさせましたからねぇ。誠心誠意、被害者の方々に謝ってから処分が決まるでしょう。あ、そうか。坊っちゃまをケガさせたから、傷害罪には問われますね」
章介は、右手を吊っていた三角巾を外して振り回した。
「こんなのケガのウチに入らねぇよ!奴の一本背負いは見事だった。退学とかで柔道を辞めさせるのは惜しいぜ。俺は無傷だって言っといてくれ。そこんとこ、ヨロシク!」
お、こいつカッコいいじゃん。これが「タイマン張ったらダチ」という奴か。
そう思いかけたハルだったが、マリエさんが目をウルウルさせて「坊っちゃま、素敵」とか呟いたので、軽く引いた。
5分で読める物語 『メイドさんを連れた、3年B組番長探偵』 東紀まゆか @TOHKI9865
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