第36話 少年少女の戦争Ⅳ
合わせて輸送機も大きく空中を右へと逸れ、下から飛んでくる何かを避けようとする。急旋回をしたことで、輸送機の両翼からはギチギチと軋む音が聞こえてくる。軋む音を聞いていると、輸送機が墜落するんじゃないかと頭の中で過よぎろうとするが、それを掻き消すかのように。
『勾坂っ! 今から着陸をしてみるが、下からの弾幕で降りようにも降りられる状況じゃない。どうにかして下の砲台をぶっ壊してくれっ!』
スピーカーからは焦りや緊張といった感情が籠った声が機内の中へと反響する。
そして、この状況が理解できないのが数名、一年である四人が壁にしがみ付きながら、機内にいる先輩たちへと助けを求めようとしていた。
「もう戦争は始まってるのよ……緑城の制空権内に入っている時から……」
平然と大きく揺れる機内の中で、何にもしがみ付くことなく毅然と立っている揮移がそう口にしたときには、機体の後方――荷物などを運び込むためのハッチが開いていた。
ハッチが開くと同時に、機内の中には強風が吹き荒れ、明日奈達一年は高度四千メートルの位置から外へと放り出されそうになる。
「キャァ―――――」
機内から外へと噴き出る強風に明日奈が耐えることが出来ずに流されそうになる。
一瞬、壁を掴む力が弱まっただけで体が宙へと浮いて外に放り出されそうになるところを、勾坂が優しく手を掴めば、
「外に行くのは、僕の仕事だよ」
いつものニコニコスマイルを明日奈へと向けた勾坂は、輸送機に取り付けられている水素型エンジンが搭載されたパラシュートをしっかりと体に装着して、風に身を任せて外へと飛んで行く。その間際に、
「行ってくるねぇ~」
と、手を振りながらこっちに笑顔を向けているのを見た。
「勾坂って緊張感が無いからしょうがないわよね……気楽にやっていても、必ず仕事を完遂するのが学園二位の実力を持った彼の力だから許されるんだけど……」
その声は、強風の中でも直接響いてくるかのように空気を振動させて鼓膜へと入ってきた。
「とりあえずはハッチを閉めるわね……」
コックピットへと繋がる前方、その近くにあるハッチを開閉するボタンを押す揮移は横目に窓へと向け、急降下していった勾坂へと視線を向ける
機体が旋回をしていることで、勾坂の姿は小さくも肉眼で確認できるほどの位置にはまだいるようだ。
『勾坂が物理的な方法で砲撃を止めてる間に、狗龍と由愛は遠隔的な方法で砲撃を止めてくれ。急がないと俺たちが空中に投げ飛ばされるぞっ!』
途中まではまだ余裕があったのだろう栖偽は、最後の方の言葉は下からの弾幕が肉眼で確認できたのであろうことで焦りの色を見せた。それと同時に、栖偽が操縦している輸送機は左へと急旋回を始め、明日奈達の身体が空中に浮きあがり機体の側面へと吹き飛ばされる。
今のは流石に予想していなかったのであろう、平然と立っていた揮移すらも明日奈達と一緒に空中へと体が浮き上がり、そのまま鉄骨が露骨に見える側面へと叩きつけられようとしている。寸前まで近づいて来た壁へと体から衝突しようとした瞬間だ。
タタタタァァン。四発の銃声が響くなり、その弾丸は機内側面の四隅へと着弾し、ネットが張られる。そして、そのまま明日奈達は機内側面に張られたネットへと体は吸い込まれる。
「機内は危険だ……これで少しは安全だろう……」
四隅へとネットを張った張本人である斬時はこんな状況でも、これでもかと目を細めながら揮移たちを見ている。
「あ……ありが」
「礼を言うなら先に自分たちの仕事をしてくれ……そうじゃないと、着陸も出来ない……それに……」
「それに……?」
「もう……限界……だ」
そう口にした途端に斬時は、内ポケットに備え付けられていたエチケット袋を手に取ると、
「おぇぇえええぇえ」
と、見ていて気分を害する光景を作ってしまった。数秒間のエチケットタイムが終われば、そこには顔を蒼白にして茫然と座っている斬時がいたのだ。
「これ以上は時間を潰せないわ……二人とも、斬時がまた吐く前にこの機体を着陸させて……もう見たくないから」
「……わかりました」
目の前で吐かれると気分的にも滅入る。ちゃんとエチケット袋を使ったことは、周りに配慮しているとわかるけど、逆にそのエチケットが周りに『吐く』というイメージを強く根付かせる。
「ほら……氷川さん、早く緑城に攻撃しに行こう、ね?」
「わかったのよさ……」
さっきまで元気にはしゃいでいた姿はどこへやら……。今では、さっきの光景が目に焼き付いてしまったのであろう由愛は、意気消沈といった感じに大きく揺れる機内の中で、由愛専用と書かれた座席へと移動した。幸にも、幸専用と書かれた座席が用意されていて、二人は各専用の席へと着いた。
その瞬間、由愛たちの席が自動的に本人認証を確定し、機体の中から無数のディスプレイが現れる。それも映像型ディスプレイ。トップ画面を空中に投影しているそれを眺めている二人は驚き半分と狂気が半分入り混じった笑みを見せた。口元をニィーと吊り上げ、その笑顔は無邪気な子供が残酷で面白い発見をしたときの笑顔に似ている。その狂気に駆られたような笑顔を見せれば、次の瞬間には空中に投影されているディスプレイに無数のプログラムが刻まれていく。それがどんなプログラムで、どれほどの力を持っているのかは揮移や明日奈には理解できないが、その何重にも組み合わされていくプログラムは緑城学園のサーバーへと侵入していき、内側から破壊していく。逆にあちら側からは、それを死屍奮闘といった感じの努力が見受けられる。
「弱いのよ……弱いのよさっ!」
「こんなので私たちが負けると思ってるの……? そんな雑なプログラムは私たちが上書きしてあげるわよっ!」
画面いっぱいに羅列されていくプログラム構成の文字列が流れていく。人間には到底できないような速度で文字は流れていく。
二人はライバル同士でもあり、今となっては大切な仲間になったのだ。彼女たちが共同戦線を張れば、情報戦やハッキングなどは、どの学園にも負けることはないだろう。
「「これで終わりっ!」」
最後に二人同時にエンターキーを押すと、下から輸送機を撃ち落とそうとしていた弾幕は突如として止んだ。
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