第35話 少年少女の戦争Ⅲ
輸送機が離陸してからすでに二時間が経過した。最初に赤城学園を離陸した輸送機は明日奈達が乗っている特別専用のものだ。二時間、赤城学園から緑城学園までの到着予想時間は二時間のはず。
「栖偽、あとどれくらいで着くかな?」
襟元に着いている無線を使い、勾坂が栖偽へと連絡を取れば、
『もう見えてるぞ。窓を覗いてみな』
機内のスピーカーから流れてきた言葉の通り、機内についている何個もの小さな窓から外へと視線を向けるとそこには、
「凄いな……ここまで広いとは思わなかったよ」
明日奈が口を開くよりもほんの数秒、早く口にしたのは揮移だ。
明日奈達はまだ一年で、代理戦争に行ったことなどは一度もない。だが、一度だけ赤城学園の所有している戦場へと足を踏み入れたことがある。赤城学園が所有している戦場は、街中での戦闘を基本としたもので物陰に隠れながら戦闘を行い、そして戦略がものを言う土地でもある。その広さは、東京都の三分の一ほどの大きさだ。そんな広大な敷地の中で戦争をする。だが、明日奈達が窓を通して見ている緑城学園の誇る戦場はそんな敷地面積を遥かに超えていた。
「私たちも他の学園になら行ったことがあるけど、噂で聞いた通り……本当に広大な敷地なのね……」
無表情が常の揮移が表情は崩してはいないものの、目の前の光景に驚いている。そんな揮移に憐矢が、
「揮移先輩は緑城に来たことはないのか?」
まるで同期に話す感覚で喋りかけていて、
「そうだな……私が去年行ったところは黄城と水城だけだ。二つの学園も赤城と同じくらいの敷地はあったが、ここまでは広くはない」
と、質問をすればすぐに返答が返ってきた。
普段は話をしない二人だが、こんな時は意外にも話をするようだ。
「この緑城学園が誇る戦場の敷地面積は東京都の三分の二。要するにうちの学園の二倍はあるわよ。そして、戦場となるのがこの眼下に広がる森。生い茂るようにある樹木が障害となって立ち塞がる大自然での戦争……」
明日奈と揮移の後ろへと来ていたミカエルが、窓を覗き込みながら緑城の戦場の説明をする。
「緑城の特徴は、自然を使った一斉攻撃。一点集中で突破してくるのが、毎年の緑城の戦術よ。でも、今年からは方針を変えたって言ってたからどうなるかはわからないけど……」
「それはミカエルのせいよね……」
「…………そうね、私のせいね……」
「……はぁ」
落胆の溜息を口にしながらも、揮移は窓の外を見続ける。由愛や明日奈、勾坂と言ったメンバーはさっきまでの殺伐とした空気から一遍、まるでピクニックにでも行くかのような気分で外を見続けている。
「僕も緑城は始めて来るから、ちょっと楽しみにしてたんだよね。授業とか、他の戦争の後に緑城の話とかが出てて気になってたんだよ。見れてよかったぁー」
「凄い自然なのよ! 今すぐ降りて遊びに行きたいのよっ!」
「ダメだって由愛っ! 今日から一週間は遊びじゃないんだから、それは今度にするわよ」
「嫌なのさぁ~。私はあそこで遊びたいのよぉ~」
「我がまま言わないのっ、これから緑城と戦争をするんだから。ピクニックじゃないの、我慢しなさい!」
「あ~い」
気だるそうに返事をする由愛とは正反対に、明日奈は緊張をしているようで体の動きが少しだが、ぎこちない。
そんな多少なりとも楽しそうな雰囲気の中に、一人だけ違う空気を纏っている
「………………………」
大人しく窓の外を見つめているのは癖の強い髪の毛が特徴である狗龍幸だ。
外を興味が無いような視線で眺め、その視線は不意に機内の中央……一樹が入っている殻へと視線が移される。
その口元は、殻の中にいる彼の名前を呼んだかのように動き、そしてまた、視線は輸送機の下に広がる大自然へと移されるのであった。
彼女を見ていると暗い気持ちになってしまう。周りのクラスメイト達はそう思っていた。一樹が殻の中に入ったというもの、彼女の性格は一気に昔へと逆戻り。性格は捻くれ、他人の個人情報を収集し始めたのである。その行動が八つ当たりのように見えてしまう。どこに当てればいいのであろう憤り。それを周りに振り撒くしかできないようで居た堪れなくなる。
一樹がいれば空気が変わる。たった一つの存在の欠落だけで、仲間は大きく揺らいでしまう。
そんな幸に声を掛けようと、揮移が歩み寄ろうとした瞬間だ。
ドドドドドドっと、何かが輸送機目掛けて飛んでくる音が窓の外から聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます