第33話 少年少女の戦争

「ゆっくり運びなさいよ。その中にはイッキが入ってるんだから……」


 一樹が殻へと包まれてから早くも一週間。時はすでに戦争へと行く準備に取り掛かっている。人が百人近く入ることが出来る輸送機へと何十人と入っていく中で、疎らに白と黒の羽根で作られた卵は彼らが搭乗するのとは違う輸送機へと詰め込んでいる。その作業は繊細かつスピーディーに進められている。

 卵を運んでいるのは学園の生徒。明日奈達のクラスとは違う、ごく普通のクラスの人間が卵を運んでいる。


「イッキってどういうことだ?」


 口を揃えて呟く生徒たちには何も説明をせず、兎にも角にも卵を輸送機へと有無を言わさずに運ばせる。


「ご苦労様、あとは私たちがどうにかするから貴方たちは自分たちの輸送機に戻っていいわよ」


 それを聞いた生徒たちは「やっと終わった~」などと口にしてから立ち去って行く。


「姫こそ、お疲れ様。これから学園戦争なんだから少しは休んだ方がいいんじゃないかな? 少しの間、僕がここにいるから休んできなよ」


「いいですよ。イッキがいつもとに戻るか分からない状況で離れるなんてできないし、勾坂先輩にも迷惑ですから」


 一週間前までの口調が消え去り、少しは大人しくなった明日奈はそう口にすれば、卵の隣まで近づいて殻となっている羽根を触れる。


「この中でイッキはまだ眠ってるんです。なら、近くに誰かがいないとダメだから……。その近くに私は居たい……」


「……そっか。ならしょうがないね。僕は一回クラスに戻ってからまた来るから。それまで一樹君の傍に居てあげなよ」


 そう口にして、勾坂は学園の全貌を望める教室である学園長室へと足を運んで行った。

 勾坂が立ち去ってからは、輸送機の中は明日奈と卵に包まれたイッキだけ。今、明日奈が乗っている輸送機は、特別クラスのために造られた特別クラス専用の輸送機。他の輸送機よりも一回り小さいが機動力がある輸送機だ。学園戦争まであと四時間。ここ関東地区にある赤城学園から一回戦目の相手である緑城りょくじょうは四国にあり、緑城までは空を移動して二時間。ここを出発するまであと二時間もない。

 そのため、他の学生たちは一度寮に戻り休息を取るのだが、明日奈は一樹が卵から出てくるんじゃないかと思い、休むことなく一樹の傍らにいる。


「この前の言葉が本当なら、一樹と私たちは相容れない存在なのよね……」


 ミカエルの口から言われた言葉は信じられなかった。

 これまで一緒の学校に三年間通って、一緒に赤城に入学してきた仲間であり、明日奈にとって大切な存在である一樹。そんな彼が明日奈達とは違う存在。


「そんなの信じられるわけないじゃない……普通に笑って、普通に喋って……たくさんの時間を一緒に過ごしてきたから分かる。一樹は普通の人間だって」


「私も信じたいけど……私は一樹が普通じゃないことを知ってたよ」


 不意に聞こえてきた声の方向へと顔を向ければ、そこには癖の強い髪をしている女子。狗龍幸が歩いて来ていた。静寂の機内にコツコツと足を立てながら、まるで邪魔をしに来たみたいに。


「へぇ~。幸はイッキが普通じゃないっていうの?」


「私は否定しないよ。だって、それを頷ける証拠だって私は一度見てるんだから」


「証拠ね、そんな証拠があっても私はイッキが普通の人間だって信じるわよ。これまで一緒に過ごしてきた時間はごく普通の時間なんだから。それは否定しようもない事実だから」


 瞳にメラメラと燃える炎を宿しながら幸の方へと視線を向けている。

 その光景は、機内に設置されているカメラからも確認することができ、それをまた違う場所から窺っている者もいた。


「明日奈……私もイッキを信じたいのよ……でも、目の前であんなの見せられたら信じられないのよさ……」


 カメラから送られてくる映像と音声を聞きながら二人を見守る由愛。


「でも、事実は事実なの。なんなら、はっきりとした証拠を見せてあげようか?」


 侮蔑するかの如く、真実を知っている彼女はスカートのポケットから端末を取り出し、異常な速度で画面をタッチしていく。それが数秒経っただけで、幸は明日奈へと端末を突き付ける。


「これを見てもまだそんなことが言えるの?」


 端末の画面に浮かび上がっている画像は、見ていられるような代物ではない。画面下側には黒く染まっている赤い液体がポタポタと道路へと落ちているのが見て分かる。そして、それはダンプカーに潰されている車体から流れてきている。


「幸……これってイッキが言ってた事故のこと……?」


 それを肯定するような画像が次に流れてくる。


「これを見ても信じられないって言うの?」


 幸の口から発せられた音が鼓膜を震わせ、脳に言葉として伝わる。


「一樹君だけが生き残った。両親は即死。そんな中で、一樹だけが擦り傷すらない状況。そして、画像の中の一樹を見れば一目瞭然……」

「羽が生えてる……?」


 そう口にしてしまった。いつまでも一樹を信じていたい気持ちも、ここまで信じがたい画像を突き付けられ、捏造でもなければこれが現実なんだと……目の前にいるはずの一樹を見ればそう感じてしまう。


「一樹君は私達とは何次元も違うの……生まれが分からないのも頷けるよ。だって一樹君は……」


「言わないでっ! それ以上は言わないで、お願い。私の知ってる一樹を殺さないでっ!」


 悲願と思わせる震える声で明日奈が声を大にして叫ぶ。

 でも、それは叶わない。真実を受け入れなければいけない。それは仲間として……。


「だって一樹は天使と人間の間に産まれたハーフなんだから……」


 その声と共に明日奈の瞳から涙が流れ始める。


「私は普通のイッキと一緒に居たい。少しダメなイッキが私にとって凄く大切なのに、それが消えるなんて嫌よ……」

「事実は受け入れないといけないよ。少しでも進むためなら事実を受け入れて行かなきゃ何も始まらないし、自分を苦しめて行くだけだよ」


 幸は感情の混濁をし始めている明日奈の横を通り過ぎては、一樹のもとへと近づき、頬を白黒が疎らな殻へと着ける。

 その殻を通じて中からは寝息が聞こえる。少しでも力を入れてしまえば割れてしまうかもしれない殻の中で息づいている一樹。これがもし割れた時、中から出てくるのはみんなが知っている一樹なのだろうか?


『一樹君が一樹君自身でいられるかは、彼の頑張り様じゃない?』

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