第32話 カウントダウンⅧ
目の前には白と黒の羽根が飛び交っているのだ。その羽根は誰しもが知っていて、今や世界を統べている存在と言ってもいいものの羽根に類似しているのだ。
その羽根の出所はソファで眠っている一樹の身体からだ。それも彼の背中から何百という無数の羽根が彼を囲うかのように集まり始めているのだ。徐々に羽根たちは一樹を卵の殻ように包み込むと、それからは何の変化は訪れない。
「イッキ……?」
卵に包まれたイッキへと声を掛けては見るものの、それはやっぱり予想通りというものか、返答なんか返ってくるわけでもなし、人一人分包める羽根が一樹を包んでいるのである。
「これってどういうことかしら……?」
冷静でいる揮移が歩みを進めながら殻へと近づくと、コツコツと殻を叩いた。繭なら柔らかいと思うのだが、一樹を包んでいる殻は予想以上に堅く、軽く叩いただけでも中に振動が響いているのが分かる。
「イッキって何者なんだよ……」
疑問を口にしているのは栖偽だ。目を大きく見開いて一樹を包んでいる殻を見つめている。
「私も知りたいわね……綺兎部君がどんな存在で、なんでこんなことが起きたのかを……貴方なら知ってるわよね?」
次の瞬間、いつの間にか左手に握っていた大口径のハンドガンを、この部屋にある一つだけの扉へと向けて発砲をする。その時の弾丸は大きく燃え上がり、一直線に飛ぶはずの弾丸は蛇のように曲がりくねり、扉へと着弾する。燃え上がる弾丸が扉へと着弾する直前に、
「ヤバッ!」
そんな声が扉の向こう側から聞こえてきた。そんな声が聞こえたのも束の間、扉は大きな音を立てて爆発をする。
「無表情の癖に過激なことするよな……揮移って」
「そうでもないわよ……それよりも早く事情を説明してもらわなきゃいけないんじゃない? あそこに隠れてる人間じゃないものに……」
依然として揮移は銃口を扉の方へと向けたまま殺気を放ている。
「私たちの仲間が大変な目に逢ってるんだ。これを一番理解している彼女に説明してもらわないと気が済まない……」
扉が大破した向こう側。そこには爆風で靡なびいている長髪の赤髪が見える。
この学園で長髪の赤髪なんて一人しかいない。
「珍しいわね、狩亜ちゃんが仲間のことを思うなんて。去年のあの事件以来、仲間の事なんか信じられなかったあなたがここまで彼を信じてるなんてね。特別な感情でも抱いてるのかな?」
潔く隠れるのをやめて出てきたのは赤髪長髪、炎を宿しているかの如くの赤い瞳。赤い制服を着て、窮屈そうな胸元が特徴的なモデル並みの女が歩きながら口にする。
「私がこの状況を理解できるとでも思ってるのかな……狩亜は?」
「思ってるわ……ミカエルが綺兎部君に『何かしらの力がある』……そう言ってこのクラスに入れた。そして、今現在、彼は異常な状況に陥っているのを知っていて、わざわざ扉の向こうで待っていたんじゃない?」
「一樹君の身体から懐かしい匂いがしてきたから私はこのクラスに彼を入れた。それだけよ。今回はたまたま、外にいただけ」
毅然として揮移は銃口をミカエルの方へと向けたままだ。そんな状況でもミカエルはいつものような笑顔で一歩一歩前へと歩いてくる。
「イッキはどうなっちゃうの……?」
この事態に戸惑いながらも、状況を把握しようと努力している明日奈は瞳に涙を浮かべていた。
「それは私には分からないわよ。あとは一樹君次第だし……彼がどんな感情を抱いたかによって彼自身も変わっちゃうし……流石の私でも分からないわよ」
「学園長、一樹はどういう存在なんです? 一樹の背中から羽根が出てくるし、一樹が普通の人間とは思えない」
具体的かつ端的に質問をしたのは憐矢だ。
その質問は誰もが聞きたがっていたことだ。前にも何でこのクラスに一樹がいるのかを聞いたとき、一樹には特別の力がある。その時はまだそれしか教えてくれず、実際にはどんな力なのかはクラスの面子には教えられていなかった。
「そうやってすぐに核心を知ろうとするのは悪い癖だよ、鷹野目君。少しは順序を弁えてくれるかな?」
「でも、親友の一樹が変なことに捲き込まれてるんだ。少しでも助けてやりたいって気持ちは分かってもらいたい」
握りこぶしを体の横で作った憐矢は、目の前で殻の中に包まれてしまった親友を見つめる。その視線には自分には何かできないのか……そんな自分の無力さや自分への憤りを感じさせる。
「俺達も仲間なんだ。知る権利くらいはあるんじゃないか?」
「……………そうだ」
栖偽や斬時が同調するように反応を返せば、由愛と明日奈も大きく同調する。そんな中で一人だけ一樹の状況が頭の中で理解しかけている者が一人だけいた。
「…………………一樹君」
彼の昔からの情報を一度だけだが垣間見た彼女は、今起きている現象に類似しているものを写真で確認していた。彼女がこのクラスに入るきっかけを作った彼の情報。興味本位で調べてしまったがゆえに知ってしまったもの。
「この中でも一人だけ分かってる子がいるのは私も知ってるし、彼女が教えてくれなかったら本当の確信はできなかったわ。彼女には感謝しなきゃいけないわ……」
一樹に近づこうとしていたミカエルが姿を消した。それが一瞬の出来事で目視する事すらできなかった。室内へと視界を逡巡させる幸はミカエルの姿を探す。今この状況でミカエルが接近してくるのは、幸の確立が高い。
「ありがとうね。幸のおかげで私の大切なものに出会えたからね」
驚いて、声のする方へと顔を向ければそこには何もない。
耳元で囁かれた言葉にどんな意味が込められているのか……それを理解するには情報が足りなさすぎる。
「この子がいれば戦争には勝ったも同然よ……世界に平和が訪れるのはそう遠くないかもしれない……」
「――――――――ッ!」
ほんの一瞬前まで幸の後ろで声を囁いていたミカエルは一樹が入っている殻へと手を触れている。その光景は自分の子供をあやす時のような表情だ。
「イッキを返してなのよっ!」
近くにいた由愛が一樹のもとへと駆け寄ろうとすると、ミカエルはそれを快こころよく受け入れ、一樹が入っている殻へと触れさせる。
ほんの数秒前までの殺気だったものは消え失せているミカエルに、
「ミカエル……これがどういうことなのか、説明する必要があるわよ。綺兎部君が何でそうなったのか、ミカエルにとって綺兎部君はどういう存在なのかも説明する義務がある」
揮移はこれでもかという殺気を視線に孕ませながら説明を要求する。その時の揮移の瞳の奥では赤く燃え上がる炎が確実に見える。
「私だって説明はするわよ。でも、貴方たちが一樹君を包んでる殻を破ろうとしなければの話よ」
今のミカエルはまるで母鳥だ。自分の大切な子供を守るかの如く自分を犠牲にするかのように明日奈達と対峙している。戦力の差としては、ミカエルの方が力は何百倍と上であるのだが、それは全てを破壊するときの物であって、何かを守りながらの戦闘は判断能力を鈍らせる。
是が非でも卵を死守するといった覚悟を視線に込め、背中に生えている翼を大きく広げて殻を包み込む。
「分かってる。私たちだって綺兎部君を守りたいと思っている。ならここでのいざこざは止めておこう。万が一、綺兎部君の卵を傷つけてしまったら大変のようだしな……」
「そう言ってもらえると助かるわ……」
ミカエルの必死さが、卵を傷つけるだけでどれだけのことが危惧されるのかを予期させる。
「それじゃぁ、一度話を整理するためにソファにみんな座ってくれる?」
それが冷静になったミカエルの第一声だった。さっきまでの殺気立ったミカエルとは変わり、みんなの知っている普段のミカエルだ。そんなミカエルの傍らには白黒が疎らに鏤ちりばめられた卵がある。
ミカエルに言われた通りに部屋にいる全員がソファへと腰を掛けると、ミカエルは今の状況を話し始める。
「まず、みんなに黙っていたことがあるわ。この中で唯一知っているのは幸だけ。これは私も確信に持ってくるまでに時間が掛かったけど、彼女のおかげで疑問は確信へと変わって、目の前でそれが起きてるの」
回りくどい言い方をしているミカエルに対して明日奈達は苛立ちを募らせる。目の前で卵の殻のように包まれてしまってる仲間がいるのだ。そんな異常な事態を一刻も早く理解したい。そんな意志が、彼女たちを苛立たせている。
「簡単に説明するわよ……」
数秒間の間が明日奈達には何十秒と感じられた。それ程の緊張と焦り、それと動揺が心の中で大きくなっていた。
「彼、一樹君は――――――――――」
ミカエルから発せられた言葉に明日奈を含め、室内にいた全員が驚愕した。その言葉は誰しもが信じられない。そんなことは前代未聞で、もしそれが本当ならば、一樹の存在が世間にバレたら大変どころの話じゃない。
端的かつ的確な説明をしているミカエルを余所に、明日奈や由愛たちは説明を聞いていられる程の許容量はない。
静寂の中の静寂。誰かがちょっとでも動いた途端に死ぬんじゃないかと思える程の静寂の中、明日奈達はミカエルの言葉を聞き流してた。
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