第31話 カウントダウンⅧ
目の前に一樹の瞳から涙が一筋流れた後、忽然とソファへと倒れた。突然の出来事でみんなは何もしようとしなかったが、目の前で起きた出来事をやっと理解したのか、さっきまで倒れていた憐矢たちも飛び起き、一樹のもとへと駆け寄る。
どれだけ揺すぶっても意識を戻さず、ソファに横たわっている。試しに明日奈が顔を力一杯、ビンタを何度もするが一向に起きる気配がない。いつもなら、あまりの痛さで飛び起きるのに、今回は一切そんなことが起きない。
「しょうがないわね……」
そう口にする明日奈は、懐からゴム製の弾丸が装填されている特注ハンドガンを取り出すと、一樹の胴体へと銃口を向ける。
隣からは「そこまでしなくてもっ!」と声を出している幸たちがいるが、これは異常事態なのだ。
一樹を普段から殴っている明日奈は、どれぐらいの力で攻撃をすれば一樹が起きるのかを熟知している。だからこそ、目の前で起きている事態に異常性を感じている。
そうして、一樹の胴体へと五発もの弾が炸裂する。銃声が室内に何度も響き、木霊するが一樹の体はビクンと跳ね上がるが、それでも一樹は起き上がらない。
何度も何度も銃声を響かせながらも、明日奈は一樹が起き上がるのを待っている。
心の中では、目を覚ましてっ! と、叫びながら銃声を轟かせる。
「酷過ぎる……」
流石にそんな光景を見ていた幸や由愛、それに揮移先輩すらも口々にするがそんなことは聞いていられない。本当だったら起き上がるはずなのに、一樹は起き上がって来ないのだ。
「起きなさいよっ! あんたはまだ練習しなきゃいけないんでしょうがっ!」
少しずつだが引き金を引く力が強くなり、それに連れて無意識のうちに能力を混ぜ合わせていく。
一発の弾丸は炎を纏い、一樹の身体へと着弾する。そして、弾倉の中にあるはずのゴム弾は空になってしまった。一樹に撃った段数は十発。そのうち四発が能力を纏ったものだ。能力を纏ったゴム弾は、人を殺すこともできる程の威力があり、戦争では耐性のある装備を着用しなければ出場できない。それ程威力の強い弾丸を受けたにも関わらず、一樹の意識は戻らない。逆に自分が殺してしまったんではないかと心配してしまうが、呼吸はちゃんとしている。
「このままだと戦争に参加できなくなる……」
学園戦争にエントリーする学生たちはすでにもう決まってしまっている。一樹も必ず戦争に参加しなければいけない人員の一人。もし、一樹がエントリーできないような容体であろうと、戦争には必ず連れて行かれる。それは絶対のルール。
「明日奈っ、いい加減にしないとイッキが死ぬのよっ!」
「その通りだ、姫。私たちもここまでするとは思わなかったが、よもやこれほどまでとは……」
ちがう……みんな、勘違いしてる。
「明日奈……流石に一樹のことを撃ち過ぎだと俺も思うぞ。ただ眠っているだけなのに撃つことはないだろ。そのままだと戦争に連れていけなくなる」
由愛に揮移、そして憐矢と明日奈に口添えするが、全てが明日奈に対する敵意が込められている。数分前の光景が嘘のように、優しかった風景が一瞬にして殺意が籠っている空間へと変貌してしまっている。
一樹の様子が変だと気付いていなかったのだろうか……。さっきの光景を見ていたなら分かるはずなのに、それが分かっていないのだろうか。
傍若無人な姫こと明日奈には、鋭い殺気が体に刺されているかのように飛ばされ、それを跳ね返すようなことが出来ない明日奈。いつものように、傍若無人ぶりをしてみてもいいかもしれないが、それをすればみんなの敵意は必ずしも大きくなる。
逃げ道を無くした……。
いつもならここでイッキが優しく話しかけてくれるのに、そんな彼が今はソファへと横たわってしまっている。
一樹の手を握ろうと刺し延ばせば、一樹自身も手を伸ばしてきた。
「イッキっ!」
そう叫んだ明日奈だが帰ってきた言葉は、
「……母さん」
の一言だ。そして、その直後、
「――――――ッ!」
室内にいた全員が息を呑んだ。
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