第30話 カウントダウンⅦ
あの適当にしているミカエルだが一応は天使だ。信じなきゃ何も始まらない。神の使いと呼ばれている天使が、意味もなくそんなことを言うだろうか?
それに、最初に狗龍と話をしていた時、ミカエルの表情は驚きが交じっていた気がする。現実ではありえないものを見せられたかのような、驚愕が交じった表情。
あれにはどんな意味が含まれていたのだろうか……。
真剣な話をしている時、意味もなくミカエルは驚くことはしない。ここ数カ月で、ミカエルの性格はある程度は把握できたつもりだ。
ミカエルはふざける時はふざけて、真面目なときには真剣な表情をして話をする。自分に強弱を確実に付けられる。
そんな彼女が真面目に話をしている時に、いらない情報を口走るだろうか?
いやっ、そんなことはしないはずだ。
なら、俺には本当に何かしらの力があるんじゃないか? と少しながら希望が持てる。なら、その希望を糧により努力しよう。まだ可能性はあるのだから。それがいかに零に近い確率だろうと、諦めるわけにはいかない。
明日奈達の目の前で「学園一位になってやる」と言ってしまったのだから、それを曲げることは一樹にはもうできない。
「言ったことは絶対にやってやる……」
この特別クラスになってから心に思っていた気持ちが言葉になる。
それは願望であって、自分にとっての希望でもある。そして、絶望でもあった。
今の自分には八人の仲間がいる。その仲間たちは一樹に対して優しく、能力が使える為にも力を貸してもらったこともしばしば。そんな中で友情がより深まったのと同時進行に、希望や願望も膨れ上がる。そして、それとは打って変わり、その願望や希望の逆の存在でもある絶望や無という感情が表だってはいないが、必ずしも願望や希望と同じくらいに膨れ上がってくる。
今の自分には力は使えない。
そんな言葉が頭の中で響いてくるのだ。それを押し退けるように、
今の自分なら能力を使える。
と、口に頭の中で叫んでいる自分がいる。それがせめぎ合っているから今の自分があって、この人格でいられる。
少しでも強くあろうとするが、それはもう一人の自分に抑え込まれてしまう。そんな身も蓋もない状況を作ってしまっている。
「お前は何がしたい。お前には力なんて一切ないのに何を努力しようとしているんだ?」
片ごとのように響いてくる声に耳を傾けようとしてしまう自分。それが自分自身の声であるのも理解しながらも絶望とも言えるような声音が頭の中を支配してくる。一度目を開けば、一樹の目の前にいる彼女たちが無邪気に笑顔でいるのだ。そんな顔を見てしまうと、絶望なんてものは弱まっていき、希望が力をつけていく。
「君の夢と希望はどんな形でどんな風な光を放っているのかな?」
先の声とは違った声も聞こえてきた。それはさっきの憎しみが籠っているような声ではなく、希望を与えてくれるような声だ。そんな声はこれまで聞いたことがない。独特の声で、一度聞くと耳に残るような独特過ぎる雰囲気を持った声。
そんな声が何度も響いてくるのだ。交互に何度も声は変わり、そのたびに感情の起伏や質が変わってくる。
そのうち、そんな声を聞いているだけで精神的にも疲れてきた一樹の瞳からは一滴の涙が流れた。
一樹の周りにいた明日奈達もそんな一樹を見たことで、さっきまで賑やかだった空気が静けさを持っていく。そして、明日奈達の視線は一樹を中心にして一直線に集中する。
「……………………………………」
頭を撫でまわしていた明日奈と幸は撫でることを止め、どこか憐れんでいるような視線で一樹のことを見ているんじゃないかと思ってしまう。由愛も口を閉じ、笑顔を無くして一樹を眺める。揮移はいつもの無表情ではあるものの、これまでとは違った雰囲気がある。
やめてくれ……そんな目で俺のことを見ないでくれ。
その視線がどうしても憐れんでいるようにしか見えない。これまで一緒に訓練をやってきたが、一切能力が使えない俺を憐れんでいるようで……でも、それがまったくもって違うものだっていうことは、明日奈とのことで理解はできている。頭の中では確信にも近い程、理解できているはずなのに……心が理解しようとしない。
あと一週間と迫ってしまっている戦争に、こんな役立たずが一緒に行くのか?
そんな意味が視線に込められているんではないだろうか……。どうしても余計な思考が頭の中で巡ってしまう。
より深い不安や劣等感が心を押し潰そうと押し寄せてくる。
集中力は途切れてしまい、今となっては集中することすらままならなくなってしまう。
「少しでも強くなろうって思えば大丈夫」
劣等感に見舞われている一樹を励ますかのように頭の中では優しい声が囁かれる。
そんな声を聞いた途端に、何かが切れる音がした気がする。
何故だか、目の前の風景が闇一色になったのだ。
一樹は意識が途切れ、気を失った。
一樹が座っているソファには誰も座っていなかったことで、そのまま寝転ぶようにソファへと倒れる。
そこからの記憶なんてものは一切ない。身体を揺すぶられようが、耳元で大きな声を出され様が、一切反応なんて見せない。同時に二つの感情が一つの身体の中でぶつかりあったことで気力が一気に流されてしまった。
そして、最後に懐かしいような声が聞こえた気がする。
「ルーシィ、私の大切なルーシィ。私が守ってあげるから……」
それはどこまでも愛おしそうな声で、切なくもあった。その途端に涙が溢れるのを感じる。昔から気になっていた。
自分の本当の母親はどんな人だったのか。そして、今の声は自然と自分の本当の母親のような声な気がした。
「……母さん」
最後にそう口にした後、そこからは何も感じない。一気に深い意識の闇の部分へと落ちていく。
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