第27話 カウントダウンⅣ
一方、その頃、
「ハックショォォオオオン」
学園長室にいる栖偽南斗は、室内に反響するほど巨大なくしゃみをしていた。
「南斗……風邪でも引いたか?」
そんな音を聞いても顔色一色変えない二年の男子、斬時はイケメンボイスで栖偽へと話しかけていた。
「今、噂された気がするんだが」
「南斗が噂されるはずがない……自意識過剰も程ほどにしてほしい」
斬時がそんなことを言っていた時に、本当に栖偽に対しての文句が一樹の心中で吐露されていることは、当たり前のように二人は知らなかった。
「イッキの馬鹿っ!」
明日奈が一樹のことを馬鹿呼ばわりすれば、明日奈の手に握られているゴム銃は最後に一度だけ銃声を響かせようとしてくる。乱暴に向けられる銃口だが、それは一樹へと一直線に向いている。一方の一樹はと言うと、明日奈が発砲したゴム弾が体へともろに当たってしまったせいで、廊下の床で呻いていた。
一樹へと向けられた銃口から発砲音がする直前、
「一樹君っ!」
地面で這いつくばるように呻いている一樹へと駆け寄る影が一つ。
それはさっきまで涙を浮かべていた幸だ。
明日奈からは、その幸の姿は一樹を守るようで、
私が悪者みたいじゃない……。
と、心の中でか細く呟く。そう思った途端に、引き金へと掛けられていた指先は外され、手に握られているハンドガンをもとあった場所へと納める。
さっきまで銃を持っていた手で、襟元に着いている機械を弄る明日奈は、
「もしもし? さっきの事なんだけど……いいわよ。由愛に一日、イッキのこと使わせてあげるわよ」
『明日奈マジで言ってるの!? 本当に、本気で私にイッキを一日貸してくれるの? ……やったのよさぁ! 久しぶりにイッキと遊べるのよさっ!』
「しょうがないから、イッキと遊ばせてあげるわよ。あのまま記録が残ってると大変だから。それと、そんなに喜ばないのっ! 私だって迷った末に出した結果なんだからね? ちゃんと一日楽しむのよ?」
『分かってるのよさ!』
襟元で響いた声は、盛大なボリュームで明日奈の耳を劈つんざく程の大きさ。そんな声が耳へと空気を振動させながら入っていくと、鼓膜は痛みを発してくる。耳を抑えて、逆にこっちからも大きな声を出してやろうとした途端に、明日奈の襟元からはブーブーといった、通話が切れる音が響いてきていて、わなわなと震えている右手は力一杯に握られた。頬は引きつった状態で表情を固めている明日奈。それを見ている一樹たちはと言うと……。
「不味い、よな……あれ」
顔を悲痛に歪ませながら視線を明日奈へと巡らせている一樹は目の前の光景を見て、今の自分にどうすればいいのだろうかと、頭の中の小さな小人たちを総動員して解決法を見つけ出そうとするが、
「凄く危ないね。もう、怒ってるようにしか私には見えないよ……どうするの?」
そんな言葉と同時に、頭の中で会議を行っていた小人たちは落胆の溜息を吐き、
「俺たちには何もできないよ……」
と、結論を出した。結論を出した時の小人たちの声はこうだ。
目の前にいる明日奈の手がゆっくりと制服の中へと向かおうとしてるんだよ? 凄く怖いし、痛いよ? でも、結局どんなこと言っても無意味だよねぇ、アハハ。
まぁこんな感じに頭の中にいた数人の小人たちによって、会議は終わりを迎え、目の前で起こっている状況をどうにかしようという気持ちすら無くなってしまった。
確実に制服の内ポケットへと近づいて行く右手。その右手が欲しているのは、光に当たれば黒く鈍い光沢を放つものだ。それから放たれるゴム弾を一樹は三発も体で直接当てられた。
秒速が三百メートル以上の速度で放たれるゴム弾は、本物の銃とは殺傷力は打って変わってまったくと言っていい程ないが、その威力だけは絶大で、当たったところは痣になるし、時には骨まで折れる。そして、その痛みは死ぬほど痛いのだ。
死ぬほど痛いって言ったって理解してもらえないだろうけど、あの痛みは例えるなら、同じところにナイフを刺されるような痛みだと、俺は思う。
そんな痛みが三か所から体へと流れれば、撃たれた個所からじわじわと血が湧き出てくるようだ。決して撃たれたところからは血液は流れない。そこだけが救われ様だった。
一樹たちの目の前で制服の内ポケットへと近づこうとしている明日奈の手は、もう片方の手で抵抗をしている状況だ。もしも、このまま抵抗している方の手が負けてしまったら、一樹たちは明日奈に撃たれるだろう。
だけど、目の前の光景を見ているとそんな心配をしなくてもよさそうだと思う。
「……我慢。ここは我慢しなきゃだめっ!」
おそらく明日奈は俺を撃ちたいという願望を必死に抑え込もうとしている。そんな光景を見ていれば、明日奈が俺のことを撃たないだろうと自然と理解できた。
もう、三年の付き合いだ。三年も一緒に居ればなんとなくだけど、相手がどういう気持ちなのかは大体わかる。
「姫が堪えてる……凄く珍しいものが見れてる気がする……」
こんな馬鹿らしい光景なのに、明日奈と同じクラスである幸はあり得ないものを見ているかのような視線で見つめている。その視線には驚愕や感動といった、普段の明日奈には向けられないような視線が込められている。
「あいつだって普通にしてれば、誰よりも人のことを思ってるし、誰よりも優しい奴なんだ。ただ、普段は不器用なだけで、みんなが思ってるような酷い奴じゃないんだよ」
「それは分かってるけど……。普段があれだとちょっと信じられなくて」
「まぁ、そうだけど……。でも、あいつは誰よりも優しいんだよ。今は、昔のせいもあって我慢がちょっとだけできないだけだよ」
「……昔のことって何?」
口を滑らせた一樹は、自分が失言をしたことに気が付いた。それを知っているのは、中学から仲良しである、一樹を含めた三人で、そのことは誰にも公言しないことにしていた。今、一樹が口を滑らせた相手はそういうことになると敏感な反応を見せる人間なのだと言うことも忘れていた。
狗龍幸。由愛と肩を並べることができるハッカーでもあり、情報操作の天才。情報の改ざんはもちろんのこと、他の学園の情報だって本気を出せば取り出せる程の実力の持ち主。
そんな心配をしつつも、視線を目の前で一樹のことを心配してくれている彼女の表情へと向ける。
「………………」
幸は無言だった。ただ、無言にも数種類ある。驚愕からくる無言や、苛立ちからくる無言。多種多様な無言の中でも、幸が今している無言は、目の前にある興味対象への無言。頭の中ではどんなことが考えられているんだろう……。
前にも幸は、このクラスに入るために俺の情報をどこからか盗み取ってきた。そんなことができる彼女の瞳は爛々と光を放っている。
幸がこうなると止められないんだよなぁ……。
「興味が出たことは徹底的に調べなきゃ気が済まないっ!」
彼女の自己紹介での一言だ。それは言われた通りで、自己紹介がてらにクラスの仲間であるみんなの個人情報を当てようとしてきたのだ。
最初の方は、誰もそこまでは調べられないだろう、と安心していたのだ。
実際、この世界は天使が現れたことでより個人情報の扱いが厳しくなった。それも代理戦争の為に……。代理戦争の相手国が、国の情報へと手を伸ばそうとしてくることが頻繁になり、日本や大きな国のセキュリティーは大きく、強固なものになったのだ。
そんな政府管理のバンクにハッキングが出来るのは、目の前にいる由愛だけだ。
なぜ、由愛だけができるのかと言い切れるのかと言うと、あれは中学校の時だろうか……
『暇だからアメリカの情報に悪戯するのよさっ!』
と、暇だと呟きながら、なんてことを口走っているのだろうか、と思っていた一樹を含めた三人を後ろに、由愛は実際にやり始めた。
「――ッ!」
一樹たちは目を点にして、目の前の光景を理解できないでいたのだ。
目の前にいる友人が、鼻歌を歌いながらコンピューターを同時に三台も操りだしたのだ。
タイプ音がガタガタと大きくなるが、そんなことは毎度のことみたいに三人の前で披露したのだ。
それから数十秒後、
「楽しかったぁ~。これから何を弄っちゃおうかなぁ?」
と、ハッキングを成功させたことを知らせるように言う由愛。
由愛が操る画面を覗き込むと、そこには英語を翻訳したのだろう、日本語で個人情報がびっしりと埋められていたのだ。他にも、学園に通っている生徒の名簿まで見つけることができた。
それを見ていた一樹たち三人は、由愛へと厳重に注意をしてことの一件を終わらせたのだ。
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