第25話 カウントダウンⅡ
勾坂が射撃場へと入ったのを確認すると、一樹たちは再び、自分たちのクラスでもあり、学園長の部屋でもある一室へと足を運びだす。
「姫って……もう、その呼び方、定着したんだな」
「でも、確かに姫って呼ばれるのも確かだよ。あんな性格してるんだから。しょうがないよ」
二人で姫、姫と連呼しているが、姫と言うのは、もちろん明日奈のことだ。
最初の頃の明日奈は、先輩たちにも敬語を使っていたんだけど、一ヶ月くらい過ぎたころだろうか。明日奈はいつの間にか威圧感のある栖偽先輩に対して、敬語を使わなくなったのだ。
理由は簡単。
『面倒くさいんだもん』
の一言だった。
普通なら先輩たちと言えば、そういう後輩の口を直すのが普通の筈なのだが、栖偽先輩が
「もう、それでもいいぞ」の一言で拍車が掛かってしまったのだ。
その後はと言うと、明日奈は揮移先輩以外の人たちには敬語を使わずに、俺と話す時のような口調で話しかけるようになったのだ。
それが原因となって、明日奈の名前は『姫』となったのだ。先輩たちは、明日奈にいつの間にか異論を唱えるようなことが無くなり、由愛たちはそれを「いつものことなのよ?」と平然と返事を返してきたのだ。
あの性格は、一向に変わらずに毎日のように学園長室にいるのだ。それも、学園長の席に座って、窓から学園を望むかのように。そんな姿から付けられたのが、『姫』なのだ。
行動と発言。両方とも、一樹たちのクラスの中では群を抜いて、堂々としている。
「にしても、もう少し大人しくしててくれないかな……。明日奈が怒ると面倒くさいし、相手にしてるこっちとしては疲れるんだよ」
「そうだよね……。私がこのクラスに入って、綺兎部君の専属で能力の発現に携わるようになってから、天野さんの視線が攻撃的で……凄く怖いんだよね」
「そうなのか? いつも通りだと思うぞ? 明日奈って何時も、あんな目だけどな?」
「そんなわけないよ。私を見る時の目は、殺意が籠ってるっていうか、凄く怖いのに……。綺兎部君と話してるときは、凄く楽しそうに笑ってるんだよ?」
「そうなんだ、まったく気付かなかった。そんなことよりさ、狗龍」
人、ひとり分の隙間を空けて隣を歩いてる狗龍へと顔を向ける一樹は、
「なんで俺のこと名前で呼ばないんだ? 先輩たちだって、全員俺のことは名前で呼んでるんだぞ?」
前から思っていたのだが、狗龍は俺の名前を名字で呼んでくる。綺兎部なんて呼びづらい名前を律儀にも呼んでいるのだ。
「他のみんなみたいに一樹とかイッキって呼ばないのか?」
隣を歩いている狗龍は、顔を床へと俯かせながら歩いている。横から見ていても耳が赤くなっているのが見受けられる。
なんで耳を赤くしてるんだ……。
恥ずかしがるようなことはないはずなのだが、目の前にいる強い癖毛でクラス専用の赤い制服を着ている狗龍は、制服と同じくらいに顔を赤く染めながら、
「……私が名前で呼んでもいいの?」
曇くぐもる小さな声で返す彼女は顔を上げた。その時の表情が印象深く脳裏に焼き付けられた。
「……………………」
狗龍の恥ずかしそうに話しかけてくる姿は、見ていると顔を逸らしたくなりそうになる。なぜか、名前で呼ばないのかと言っただけなのに、瞳に涙を溜めた狗龍が身長差から自然と下から見つめてくるのだ。その上目遣いは由愛と同じくらいの可愛さがあり、由愛の可愛さとは違い、狗龍の可愛さはこう……なんて言っていいのだろうか?
言うならば、そうだなぁ……。
愛でたくなる可愛さではなく、守ってあげたくなるような、そんな可愛さだ。
他人からしたら差ほど変わらないだろうけど、この違いは大いにあるのだ。
今、上目遣いで見つめてきている狗龍の瞳は、一直線に俺のことを見つめてきているのだ。それも涙を溜めながらだ。そんな光景を目の前にしてどうこうするわけでもなく、ただ単に見ているしかできない。
「そんなこと気にする必要はないよ。みんなが一樹って呼んでたりしてるのに、一人だけ綺兎部なんて読んでたらおかしいだろ? だから、狗龍も名前で呼んでくれると嬉しいな」
一樹も赤面している狗龍を見ていると、自然と自分も顔が紅潮していくのが分かる。
自然と顔全体が熱くなってきているのだ。そんな顔を見られたくなくて、そっぽを向く。
なんなんだ、この状況……物凄く恥ずかしいんだけど。
こんなところに、もしも『姫』である明日奈と鉢合わせでもしてしまったら大変なことになっているだろうなぁ。
少しでも違うことを考えて、この状況から頭を離したい。
一樹は自分たちがいる廊下を一瞥して、周りを確認した。その様子は挙動不審とも言えただろうが、目の前にいる狗龍は何の指摘もせずに、
「……いいの?」
と紅潮している顔のまま聞いてきたのだ。
「いいから、綺兎部なんて他人みたいに言わずに、これからは一樹って呼んでくれよ。その方が、俺も気楽だから」
「うん………じゃあ、呼ぶけどいい?」
そう言って、狗龍は一拍空けたあと、
「………い、いつ、一樹君……」
言い慣れていないので、ぎこちなくも狗龍は一樹の名前を呼んだのだ。これは、狗龍にとっては大きな一歩になったかもしれない。
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