第24話 カウントダウン

学園の敷地にある射撃訓練場の一番右側。そこには赤い制服を着ている生徒が二人いる。一人は男子で、もう片方は女子だ。


「結局ダメかぁ~」


 あの一件から早くも二ヶ月が経った今は、夏本番の時期だ。

 あれからと言うもの、一樹の力は開花することもなく、ミカエルが出す課題を着々と熟していく毎日になっていた。


「綺兎部君の力ってどういうのなんだろうね?」

「そんなの俺が知りたいよ。狗龍もこのクラスに入ってからは、ずっと俺に付きっ切りで疲れるだろ?」


 俺の目の前にいる狗龍幸。二ヶ月前、学園長室へと入ってきた彼女は、自分の力を使いこなして、俺の過去を調べ尽くした。その過程で、誰にも教えていなかったことがバレてしまい、明日奈達の前でひた隠しにしてきたことを話したのだ。そのおかげで、明日奈や勾坂たちは、一樹に優しい言葉を掛けることで、クラスの絆が深まった。

 その後、ミカエルからは、


「さっちゃんをこのクラスに入れることにするわ。結構いい力持ってるし、由愛ちゃんと手を組めば、相当な戦力になるはずよ」


 とのことで、狗龍は晴れてこの『ANGEL―CLASS』の一員となったのだ。結成してから間もない事だったのだが、仲間が一人増えたことは良い事だと思う。


「ところで狗龍。お前が知ってる俺の過去って何なんだよ? 何回聞いても答えてくれないから気になってしょうがないんだけど……」

「それは私からは言えないよ。このことは、学園長からも口止めされてるからね」

「そうなのか……すげぇ気になる。隠すようなことがあるのかよ」


 文句を垂れながらも、手に握っているハンドガンの薬室へと弾を装填すると、目の前に出てくる標的へと銃口を向ける。


「学園長が能力は人によって大きさが変わるって言ってたんだよ」


 そう言った直後に、引き金を引く。そして、訓練場に銃声が轟き、五十メートル先にある的へと一直線に飛んでいく。そして、弾丸は的の中心を捉えて穴を開ける。


「そうなんだ……私、そんなこと知らずにやってたから、人によって変わるなんて知らなかった」

「お前も知らなかったのかよ」

「普通にやってるだけで何とかできるし、私としては綺兎部君が力を使うことができないことが不思議で堪らないもの。私も少しは役に立つとは思ったんだけど、私も結局役には立ってないわけだし……」

「まっ、気にしなくてもいいさ。あと、一週間の間でどうにかするしかないしな。どうにかならなくても、今の実力なら戦争に出されたって大丈夫なくらいだと思うし」


 そう言ってもう一度銃を構え直して、何発も発砲を繰り返す。その数回の発砲で放たれた弾丸は、的確に的へと直撃する。

この状態ならまだ安心できるレベルだ。昔なんて、五発のうち二発は外れていたのだ。


「そうだね。今の綺兎部君のレベルなら普通に戦争に行けそう。能力が使えなくても一般兵の中でも結構、上の方なんじゃないかな? それに能力が使えるようになるなら綺兎部君にもまだチャンスはあるはずだよ」

「能力か……」


 能力と口にしてもどうにもなる訳がないのだが、口にしてみたくなる。

 今の俺の夢はこの学園で第一位の座につくこと。それを思い浮かべても、銃はうんともすんとも言わない。

能力をどういう風に表すのかは分からないままだけど、とにかく力を使えるようになるまで訓練をするしかない。他の授業でもすでに学園でもランクは上がったのだけど、あと必要なのが、力を使えるようになること。そうすれば、学園の底辺というレッテルから逃れられる。力が使えないなら、そいつはまだ底辺。それがこの学園の常識となっている。

 耳を突くような音が銃口からなると、銃口から放たれた弾丸が一直線に標的の方へと飛んでいく。それも、標的の真ん中へと吸い込まれるように飛んでいく。


「もう銃の腕はよくなってるのにな。後は、弾に力を込めるだけ……力を込めるのにどれだけ訓練すればいいんだ?」


 ボヤくように口にすれば、もう一度引き金へと指を掛けてゆっくりと引く。


「能力が使えないな……」


 溜息交じりに口にすると、手に握られている銃を机の上へと戻し、訓練場からさっさと立ち去る。


「学園長室に戻って、駄目もとだけど力を引き出す練習でもするか……。その方がよっぽど能力が使えるようになるかもしれないし」

「私もそれでいいかも、少しだけでも力を使えるようにならないと、一週間後には学園戦争の一回戦があるから」

「ほんとだよなぁ、もう戦争も一週間だからな。何で使えないんだろう? 俺ってそんなに才能無いのかな……」


 少し項垂れるように俯くと、一樹の隣を歩いていた狗龍は力強い口調で、


「才能とかって関係ないよ。綺兎部君が力を一切使えなくたって、私はずっとそばで見ててあげる……」


 と言ってきて、俺の両手をゆっくり握ってきた。

 今の状況に戸惑っている一樹だが、目の前にいる癖毛の強い彼女がどうして、ここまで関わってくるのかが不思議でしょうがない。


「狗龍ってさ、なんで俺と関わろと思ったんだ?」


 一樹は端的に質問をした。他にも聞きい様があったはずなのだが、一樹はそんなものを知らない。


「なっ、なんでそんなこと! いきなり聞くことじゃないよね!?」


 顔を紅潮させながら慌てている狗龍は、手を前でブンブンと振り回していて危なっかしい。


「いやっ、なんとなく気になったから聞いただけだけど……。悪かったか?」

「……悪くはないんだけどね……ただ、そういうことを普通に聞くんだなって思っただけで」

「そういうことってどういうことだよ」


 狗龍が言う『そういうこと』というのは、一樹には理解しがたいものだ。それが何を表しているのかすら、一樹には分からない。自分のこの小さな頭の中ではどんな意味があるのかと、知っている知識を巡らせてるが、その答えは一切出てこないのだから。


「そういうことはそういうことっ! そんなことばっかり聞いてるとデリカシーが無いって言われるよ、綺兎部君!」


 顔を一樹の方へと突き出しながら怒ったような表情を浮かべている狗龍にどんな言葉を返せばいいのだろうか? と真剣に考えていれば、


「二人とも、射撃の方はどうだったかな?」


前から歩きながら話しかけてくる人影が一つ。


「勾坂さんこそどうしたんですか? こっちの校舎は射撃場しかないのに」


 一樹たちの目の前に現れたのは、三年の勾坂優斗。学園第二位の地位を獲得している強者だ。そんな彼の服装は、一樹たちと同様の赤を基調としたもので、制服の淵には白色を使っている。そして、腕の部分には金色の刺繍で『ANGEL』と書かれている。


「いや、ね? 僕も久しぶりに射撃でもしようかなって思ってね。最近は練習もサボり気味で鈍って来てるから、勘を戻そうかなって思って立ち寄ってみたってところだよ。でも、そんなことより、二人とも……」


 口元をニヤつかせながら近づいてきた勾坂は、一樹と狗龍の耳元で囁いた。


「そんなにイチャイチャしてると、姫の怒りに触れちゃうよ?」


 そう言われた途端に二人は密着しかけていた体を引き離す。そんな二人の慌てように、微笑んでいる勾坂は、一樹たちの横を通って射撃場へと静かに歩いて行った。

 最後に振り向きざま、


「姫が怒ると怖いから、イチャイチャするなら程ほどにしとくんだよ?」


 と、手を振りながら射撃場の扉を開け、中へと入っていった。

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